止まっている彫刻が、前へ進む
足を大きく踏み出し、身体の輪郭が後方へ流れる。ウンベルト・ボッチョーニの《空間における連続性の唯一の形態》は、動かない物体でありながら、進む力を感じさせる彫刻です。
見る人は、そこに一人の人物を認めると同時に、風や速度のような、人物の外側にあるものまで感じます。作品が扱っているのは、人の形だけでなく、人と周囲が関わる状態だと考えられます。
ボッチョーニはイタリア未来派の中心的な作家の一人でした。ここでは代表作から、未来派が求めた動きの表現と、その歴史的な背景を見ていきます。[1]
《空間における連続性の唯一の形態》を読む
1913年の作品と、その後の鋳造
作品の構想・制作は1913年ですが、MoMA所蔵のブロンズ像は1931年または1934年の鋳造と記録されています。彫刻では、形がつくられた年と、その素材で鋳造された年が一致しないことがあります。[1]
この違いは、細かい注記に見えて重要です。現在見ている金属の表面が、制作当初から同じ物体として存在していたとは限りません。作品を見るときには、形の歴史と、目の前の物体の履歴を分けて考えることができます。
人体の外側まで、形に含める
MoMAの解説では、ボッチョーニの言葉が次のように紹介されています。
“Let us fling open the figure”
「人体の形を大きく開こう」という意味です(日本語訳:NACK編集部、発言の冒頭部分)。[1]
この表現を手がかりに見ると、張り出した脚や胴体は、単に筋肉を強調したものとは違って見えてきます。歩く身体に接する空気や、動きが残す方向まで、一つの輪郭に取り込もうとしているように読めます。
動きを描くことと、動く物を描くこと
走る人を写実的に描けば、それだけで「動いている場面」にはなります。しかし、その絵や彫刻がどのように動きを感じさせるかは、別の問題です。
ボッチョーニの作品では、表面が滑らかにつながるところと、鋭く切り替わるところが交互に現れます。鑑賞者の視線は、それらを追いながら加速したり止まったりします。動作の内容だけでなく、見る行為そのものにリズムが生まれるのです。
映像の一コマを立体化したものとして見るより、複数の力を一つの形へまとめたものとして見る。その方が、なぜ自然な人体の輪郭から離れる必要があったのかを考えやすくなります。
これは作品を読むための視点です。彫刻の突起を一つずつ、特定の筋肉や空気の流線に対応させる必要はありません。
未来派——新しい時代への期待と、その危うさ
未来派は、機械や都市、速度に新しい表現の可能性を求めました。ボッチョーニの制作も、絵画と彫刻を横断しながら、近代の変化を捉えようとする試みでした。MoMAの所蔵作には、1910年の《都市の蜂起》や、1913年の《サッカー選手のダイナミズム》もあります。[2]
ただし、未来派を「新しいものが好きな、かっこいい運動」とだけ捉えるのは不十分です。MoMAの研究資料は、未来派による戦争の賛美や、第一次世界大戦への参加にも触れています。[3]
形式の革新と政治的な言説は、どちらかを消して理解することはできません。速度や力の表現に魅力を感じながら、その力が何を肯定し、何を押しのけたのかも考える必要があります。
一方で、後の時代の出来事をすべて一つの作品へ逆投影することにも慎重でありたいところです。運動の歴史、個人の活動、作品の見え方を区別すると、賛美か否定かの二択を超えて具体的に読めます。
古典を否定しても、古典との関係は残る
MoMAの音声解説で学芸員アン・アムランドは、この像の姿勢と腕のない胴体が《サモトラケのニケ》を思わせると述べています。[4]
新しい芸術は、過去を完全に消して成立するとは限りません。過去の形を拒否しながら、その構成や身振りと関係を持ち続けることがあります。
前進する力を見せる姿勢、身体を包む流れ、台座に立つ像。そのどこに古典との連続があり、どこで変化しているかを比べると、「伝統か革新か」という分類より細かく作品を理解できます。
比較すると見えること
ガボ——空間を通す、空間を巻き込む
ナウム・ガボの頭部像では、面のあいだの空洞が立体をつくります。ボッチョーニでは、身体の輪郭が周囲へ広がります。どちらも身体と空間の関係を考えさせますが、その構造は異なります。
ベーコン——身体の変形は、同じ意味ではない
フランシス・ベーコンの顔の変形と比べると、身体を自然な形から離す方法が、一つの目的に限られないことが分かります。速度、存在感、感覚の不確かさを、見た目だけで同一視しないことが大切です。
よくある質問(FAQ)
この彫刻は実際に動きますか?
作品そのものは歩きません。姿勢や輪郭、表面の構成によって動きを感じさせます。機械的に動くキネティック・アートとは区別できます。
なぜ制作年と鋳造年が違うのですか?
彫刻の原型がつくられた後に、別の素材による鋳造が行われる場合があるためです。MoMA所蔵作は1913年、鋳造1931年または1934年と記載されています。
未来派とキュビスムは同じですか?
同じ運動ではありません。形を分ける表現に共通するところはありますが、ボッチョーニを見る際には、分けられた形がどの方向へつながり、どのように運動を感じさせるかに注目するとよいでしょう。
参考文献・出典
- [1]MoMA, Unique Forms of Continuity in Space.
- [2]MoMA, Umberto Boccioni:作家・所蔵作品.
- [4]MoMA, 作品音声解説:Anne Umland.
資料確認日:2026年9月23日。引用の日本語訳と作品比較はNACK編集部によるものです。
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