歪んでいるのに、人間がいる
フランシス・ベーコンの絵には、顔として整わない顔が現れます。頬や口元がずれ、輪郭が背景へ溶け、皮膚の色と絵具の痕跡が重なる。それでも、そこに誰かがいるという感覚は消えません。
ベーコンを知る入口は、この矛盾にあります。肖像画を、外見を正確に記録するものとしてだけ見ると、歪みは失敗に見えるかもしれません。しかし、写真のような正確さと、人がそこにいると感じる強さは、必ずしも同じではありません。
本記事では、作品の制作情報と資料を確認したうえで、顔の変形、写真、三連画という三つの視点から、その強さを考えます。
写真を見ながら、写真にない像をつくる
「すべてを見る」という制作
ベーコンは、写真から離れた場所で独自の世界を想像しただけの画家ではありません。公式エステートの解説では、写真、印刷物、映画などの視覚資料が制作に関わっていたことが紹介されています。その中で、本人の言葉が引用されています。
“don’t forget I look at everything.”
「忘れないでほしい。私はあらゆるものを見ている」という意味です(日本語訳:NACK編集部)。[1]
写真を使うことは、写真をそのまま再現することではありません。既存の画像を見つめ、切り離し、別の絵画の中に置き直すことで、元の画像とは異なる関係を生み出せます。
動きの資料と、身近な人の肖像
エステートは、エドワード・マイブリッジの人体運動の写真集と、ジョン・ディーキンが撮影したモデルの写真を、ベーコンの制作を考える資料として挙げています。[2]
連続する動きを切り取る写真と、一人の顔を記録する写真。それらを手がかりに絵を見ると、歪みを単なる奇形の表現ではなく、複数の見え方が衝突する場所として読むことができます。これは鑑賞上の解釈であり、個々の作品の変形がすべて特定の写真に対応するという意味ではありません。
自画像——自分の顔も安定したものではない
1979年の《自画像のための三つの習作》では、暗い背景から顔が現れます。エステートの作品紹介は、ほかの自画像に比べて変形が抑えられ、写真に近い性質を持つ点を指摘しています。[2]
ここで注目したいのは、顔が歪んでいる程度だけではありません。顔のどこが明るく、どこが暗闇に沈むのか。目や口がどこまで見えていれば、私たちは一人の人物を感じられるのか。その境界も、肖像の重要な要素です。
自画像は、自分をよく知っている人が描くからこそ、確かな証明になるように思えます。しかし、自分の顔も鏡や写真を通してしか見られません。ベーコンの自画像は、その距離を考える入口になります。
作品名が似ていても、制作年の異なる自画像や三連画は別作品です。図版を見る際には、題名だけでなく年、所蔵先、作品番号も確認すると混同を避けられます。[3]
三連画——三つの画面の「あいだ」を見る
三連画は、三つの画面をひとまとまりとして扱う形式です。同じ大きさの画面が並ぶと、鑑賞者の視線は自然に左右へ移動します。
その際、一つの顔を見て終わるのではなく、先に見た顔の記憶と次の顔を比較することになります。正面と横顔、明るさ、表情の差が、画面のあいだに緊張を生みます。
三つ並んでいるからといって、必ず「過去・現在・未来」や、映像の連続する三コマを意味するわけではありません。最初から物語を決めるより、各画面の共通点と食い違いを探す方が、絵の構成を具体的に捉えられます。
生と死を、人物の逸話だけで説明しない
ベーコンの自画像や三連画は、喪失や死と結びつけて論じられます。エステートも、ジョージ・ダイアーの死と、その後の制作との関係を紹介しています。[2]
ただし、伝記を知ることと、絵を読み終えることは別です。「悲しい経験をしたから暗い絵になった」とまとめると、画面の色、配置、絵具の動きが見えなくなります。
人物の人生を背景として理解しながら、目の前の絵がどんな方法で感覚を生むのかを見る。生と死という大きな主題を、具体的な表面へ戻して考えることが大切です。
比較すると見えること
ピカソ——顔を組み替える、異なる理由
ピカソのキュビスムと比較すると、顔が自然な外見から離れる方法の違いが見えます。幾何学的に分けられた面を見るのか、絵具が引きずられたような肉の感覚を見るのか。同じ「歪み」でも、観客の視線と身体への働きかけは異なります。
リヒター——見えることを不確かにする
ゲルハルト・リヒターとの比較では、変形とぼかしの違いが手がかりになります。形が変わることと、形を確かめにくくすることは、似て見えても同一の操作ではありません。
よくある質問(FAQ)
ベーコンは抽象画家ですか?
人物を描く具象絵画を考えるうえで重要な画家です。ただし、顔や身体の一部は抽象的な絵具の形にも見えます。具象と抽象のどちらかに固定するより、その境界を見ると理解が深まります。
歪んだ顔は、実際の傷を描いているのですか?
絵の変形を、そのままモデルの身体的な傷や病気の記録とみなすことはできません。まず、絵画の中で行われた形や色の操作として見る必要があります。
初めて見るなら、どこに注目すればよいですか?
顔が判別できる部分、輪郭が消える部分、背景との境目を順に見てください。その後で画面全体へ視線を戻すと、変形だけでなく構図の働きにも気づけます。
参考文献・出典
- [1]The Estate of Francis Bacon, Francis Bacon and Photography.
- [2]The Estate of Francis Bacon, Bacon Self-Portrait Displaying in New York.
- [3]The Estate of Francis Bacon, Three Studies for Self-Portrait:作品記録.
資料確認日:2026年9月23日。引用の日本語訳および比較・鑑賞の記述はNACK編集部によるものです。
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