見えるのに、確かめられない
ゲルハルト・リヒターの写真に基づく絵画では、人物や風景を認識できる一方、細部を確かめようとすると像が曖昧になります。
「ぼけた写真のような絵」と言うことはできます。しかし、写真のピントが合わなかったことと、画家が絵の表面をぼかすことは、同じではありません。既に見える像へ手を加えて、確かさを揺らす行為があるからです。
リヒターの仕事は、この写真絵画だけにはとどまりません。具象と抽象を行き来しながら、絵画が何を示し、どこまで信頼できるのかを問い続けています。[1]
写真を、もう一度描く理由
構図が既にあるところから始める
SFMOMAの解説では、リヒターが新聞や雑誌の写真、日常的なスナップ写真をもとに絵を描いたことが紹介されています。学芸員レイチェル・ヤンスは、写真を選ぶことで、配置や構図を最初から決める負担から離れ、描く行為へ向かえると説明しています。[2]
写真を絵にすることは、単なる複写の遠回りではありません。既に流通している画像を、別の大きさ、別の素材、別の速度で見るものへ変換することでもあります。
写真では素通りしてしまう場面でも、絵画として目の前に置かれると、なぜこの画像が選ばれたのかが気になります。主題の意味だけでなく、選択という行為も作品の一部として見えてきます。
ぼかしは、描いた後に加わる
SFMOMAの音声解説は、リヒターが像を描いた後に柔らかい筆でぼかす手順を説明しています。ヤンスは、その働きを短く表現しています。
“The blur opens up the painting.”
「ぼかしが絵画を開く」という意味です(日本語訳:NACK編集部)。これはリヒター本人ではなく、学芸員ヤンスの言葉です。[2]
細部が見えなくなると、情報は減ります。それでも、鑑賞者が想像する時間や距離、記憶の感覚は増えることがあります。画像の明瞭さと、意味の広がりが同じ方向へ進むとは限らないのです。
記憶と歴史——曖昧にすることの重さ
リヒターは1932年にドレスデンで生まれ、1961年に東ドイツから西ドイツへ移りました。メトロポリタン美術館の展覧会解説は、その写真絵画を、戦後ドイツの個人史や集合的記憶と関わるものとして位置づけています。[1]
写真は、そこにいた人や起きた出来事の証拠として受け取られがちです。しかし、写真に写っていることと、その背景を理解していることは同じではありません。
家族の一枚にも、撮影の前後や、後になって分かる事実があります。像が曖昧だから歴史もどうでもよい、ということにはなりません。むしろ、見えている画像から何を知ったつもりになっているかを、立ち止まって考えられます。
この読み方は、ぼかしを便利な雰囲気づくりから切り離します。すべてのぼかしに同じ意味があるのではなく、どの画像に加えられているかが重要です。
《アトラス》——集めることと、選ぶこと
リヒターは、自ら撮影した写真や収集した画像を《アトラス》と呼ばれる集成へまとめました。メトロポリタン美術館は、その膨大な資料のうち、絵画に使われるものが選ばれていたことを説明しています。[1]
作品を見る前に、その周囲にある画像の蓄積を考えると、画家の仕事は一枚を描く瞬間だけではないと分かります。集める、並べる、残す、使わない。そうした行為も、制作の条件をつくります。
現代の画像フォルダやムードボードを連想することもできますが、同一のものとみなす必要はありません。比較の価値は、道具が似ていると言うことより、何をどのように選び、その関係を見せるかを考える点にあります。
抽象画は、写真絵画と反対なのか
リヒターの抽象絵画には、人物や風景として読める対象がない作品もあります。そのため、写真絵画から抽象へ進み、元に戻らなくなったと想像されるかもしれません。
しかし、メトロポリタン美術館は、具象と抽象が彼の制作の中で共存してきたことを説明しています。[1]
写真絵画を見るときにも、近づけば絵具の表面が見えます。抽象画を見るときにも、何かの風景や記憶を想像することがあります。「何を描いたか」と「表面で何が起きているか」は、どちらの作品でも関係しています。
SFMOMAの所蔵作品には《Portrait Müller》(1965年)、《Misty Self-portrait 15.1.90》(1990年)、複数の《Abstract Picture》などがあります。まず作品記録から媒体と年を確かめ、見え方を比較すると、制作を一つの技法へ還元せずに捉えられます。[2]
比較すると見えること
- フランシス・ベーコン:輪郭や顔を変形することと、像をぼかして確定しにくくすることを比べられます。
- アンディ・ウォーホル:既にある画像を作品にする際、反復、媒体、手の痕跡がどう働くかを考えられます。
- イヴ・クライン:描かれた対象から目を離し、色と表面そのものを見る経験の違いが分かります。
よくある質問(FAQ)
リヒターのぼかしは、ピンぼけした写真の再現ですか?
それだけでは説明できません。SFMOMAは、描いた像へ筆でぼかしを加える手順を紹介しています。どの写真を選び、どのように絵画へ変えたかが重要です。
写真を使う絵と、抽象画は別の時期の作品ですか?
明確に二つの時期へ分かれるわけではありません。具象と抽象が共存する制作として理解する方が適切です。
どこから鑑賞すればよいですか?
少し離れて主題を確認した後、近づいて表面を見てください。対象が読める距離と、絵具の痕跡が目立つ距離の違いが手がかりになります。
参考文献・出典
- [1]The Metropolitan Museum of Art, Gerhard Richter: Painting After All — Exhibition Guide.
- [2]SFMOMA, Gerhard Richter:作家紹介・音声解説・所蔵作品.
資料確認日:2026年9月23日。引用の日本語訳と比較・鑑賞の記述はNACK編集部によるものです。
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