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音楽史 1/5|VALUE — 現在

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コバルトブルーの背景に「音楽史 1/5 VALUE 現在」。NACK notes #003の紙のアーチと音の波形。
NACK notes #003|僕の音楽史と人生 1/5 AIの時代に、なぜこんな泥臭いことをやっているのか。それは、AIが知らない過去がまだたくさんあるからだ。

最初の曲は「VALUE」。

VALUE — y4tR / SoundCloud(外部サイトを新しいタブで開く)

AIの時代に、なぜこんな泥臭いことをやるのか

AIの時代に、なぜこんな泥臭いことをやっているのか。

それは、AIは過去を知らないからです。

いや、正確には知っています。

歴史もニュースも知っている。世界中に残された文章や画像やデータを参照できる。

AIは、いわば人間の叡智の集合体みたいなものだと思っています。むしろ、うまく使いこなせていないのは、人間の方なんじゃないか?、とすら思うぐらいです。

でも、AIが知っている過去には条件があると思います。

それは、いまもなお、残っているということです。

誰かが書いた。撮った。記録した。保存した。あるいは、何らかの形でデータになった。そしてそれらがネットに上がった。

それらはAIが認識しているメモリとなっているでしょう。聞いたら出てくるでしょう。

一方で、データやオンラインにならなかったものもたくさんあるはず。

例えば、もう無くなった店の匂い。誰かがあの夜DJでかけた一曲。小学校の帰り道。友達の口癖。壊れたおもちゃ。名前は出てこないのに、教室のどの辺に座っていたかだけ覚えている人。

そういうものはどこまで検索しても出てこない。プロンプト書いても当然だが画面には返ってこない。見つかりませんでしたって返ってくるはず。

でも、なくなったわけではない。それは絶対にだ。

だって、僕や、誰かの頭の中にはまだ残っている。

データやメモリには残っていないけれど、人の記憶には残っている過去。

これは、2000〜2010年代に青春を捧げた僕の追憶です。

この年代に青春を過ごした人は今、おそらく30〜50歳前後で、だいたい70年代後半〜90年代半ばぐらいの生まれ、かと。

特徴は、インターネットネイティブではないことが大きいと思う。 そして、VHS、CD、ウォークマン、カセットゲーム、プレステ、ガラケー、オリコンチャート、iPod、インテル入ってるMacBook、インターネット、マイミク、YouTubeとニコニコ動画、iPhoneなどのスマートフォン、X(Twitter)、Instagram、Facebook、大企業とベンチャー、最近だとAIなんかがキーワードになるだろうか。

それを一つずつ、ていねいに手に取ってみたいと思った。

そして、もう一つ。

残るためには、続かないといけない。

続けるって、本当に、難しいです。

僕はかなりこのことについてよく知っている。音楽も途中でやめた。クラブにも行かなくなった。人とも疎遠になった。完成させなかったものもたくさんある。

昔のMacBookのHDDを見ると「_2」「_2_1」「3_final」「4_retry」「4_retry_final」とか、カオスっていうか宇宙っていうか、あのときのままに、目の前に広がっている。

そして、完成することなく止まっている。変わってない、変わるはずがない。そして、まだ、終わってない。終わってたものも終わってない。でも、当時のまま、そのままに残ってる。今でもファイルを開けば、解凍すれば、見れば、聴けば、操作すれば、思い出す。いや、覚えている。

(あれ?今ダフトパンクのテクノロジックに一瞬なった?!!)

けど、今の新しいMacBook(2年に一度ぐらいで買い替え続けてるから、もう8代目とか?)のHDDには入っていない。入ってないというか、入れてないのだ。だって、過去のものだからだ。

今の僕として、チケットステータス:ブロックっていうか、エクストリームお断りステータスで、向こうの意向に限らず、僕の方では取り扱ってないんだと思う。

だから今、また、ここで、お断りせず、続けたいんだと思う。

そう、思った。というか、思えた。

そんなことを考え始めたのが、このお盆2026.8サマーでした。

お盆休みは急にセンチメンタルになる

本当は昨日から東京でバタバタしている予定だった。

僕は去年の2025年10月に転職をした。

それまで7年間、Web3、いわゆるブロックチェーンのスタートアップにいた。今はもうベンチャーって感じだけど、当時は日本でも大手の一角だった。

世界で見ても日本は参入が早かったし、制度やルールが追いついていないところも多かったから面白かった。Satoshiって本当に誰なんだ?って妄想にいつまでも浸れる。

で、だ。

ついつい脱線してしまうのだが。よくないね。

で、要はだ、フッとバタバタじゃなくなったって話だ。

今は京都に住みながら、東京にも滞在させていただいている2拠点生活だ。だいたい月の半分を行き来している。

おかげで東海道新幹線はヘビーユーザーだ。乗車中はネットが全然繋がらないけど、駅弁を食べることは毎回の楽しみだ。

ドヤ顔でプシュッとあげるビールの快感、わかる人いるかな?それも2本目だったりする。

いつものくせで余裕のある列車しか取らないから新幹線くるのに20分とか待つ。

その間、暇なんよ。

X見てYouTube観てインスタ見てGPTにさっき起こったこと相談しながら一本飲み切ってしまう。

僕はサッポロが好きだ。

これは恵比寿ガーデンプレイスで働いているからと言って決して贔屓してるわけではない。最上階のキンタンはめちゃくちゃ美味い。目ん玉飛び出るぐらい美味しい、けど、恵比寿のアトレーの銀座ライオンもなかなか美味い。けど、決してガープレや黒ラベルを贔屓してるわけではない。

クラブで飲む1杯目のビールはアサヒスーパードライだった。いや、やば、ちょっとまって?ちゃんと言い直して?CMみたいに。ほら、いくよ。ア・サ・ヒ!スーパー・ドライ〜。言えた?うん、いい子。で、ア・サ・ヒ!スーパー・ドライ〜がオハコのビールだったんだけど、いつしかクラブで片手に持ってるのは黒ラベルだった。

一回飲んでみて、それからずっとだと思う。

なんでこれまで飲んでなかったのかな?とこれを書いているお盆休みは黒ラベル片手だ。振り返ると、長い付き合いになったもんだ。ガープレはたまたまっす。

で、そんなガープレに出社することなく、今週は、たまたま、京都にいることになった。

2拠点生活でも僕の体は一つしないわけだけど、フッと、その体が空いたわけだ。

そう、予定が空いた。

ぼんやり物思いにふける時間ができた。というか、なんとなくそういう時間になった。

いつもは自分で進めてるプロジェクトを、飯も寝るのも忘れてゴソゴソやってるが、スマホ握ったままボーッとしてた。

お盆休み明けだから、なのかもしれない。

昔のことをやたら思い出す。思い出してしまう。

青い学生時代。

手に汗握ったゲーム機。

みんなでやったバンド。

服と服屋。

暑くて寒い京都。

薄暗いクラブ。

VJ。そして、DJ。

途中でなんとなくやめた音楽。

辛いし楽しい仕事。

最後に、人。

お盆休みはどうも昔を振り返ってしまう。

なんで今こんなことを考えているんだろう。

たぶん、今がかなり充実しているからだと思う。お金も稼がせていただいている。

嫌なことばかりの時って、過去を振り返る余裕なんてない。頭に血が上っちゃうから。

今はありがたいことに、仕事もある。京都にもいる。東京にも行く。音楽も懲りずにまた作っている。NACKもやっている。

なのに、まだ何かある。

満たされてない、と言うと違う。

満たされてる。

でも、もっとできるんじゃないか、という感じが自分の頭か体か心、または誰かの目線なのか、ずっと残っている。

なんなんだ。

いま、AIをどう使っているか

少し現在の話をします。

今はAIで本当にいろんなことができる。人間が思いつきそうなことなら、大体入口までは連れていってくれる。広大なプレイグラウンドだ。こんな楽しい遊び場はないぞ。

僕が今よく使っているのは、チャッピーことGPT。2024年から仕事で使い出した。

実装・開発系ならClaude一択で、特に今はFable 5がベストな選択だろう。

最近MIXIと提携したRunway。

そして、一時期Spotifyを解約するまでに至ったSuno AI。

僕はプレイヤーでもあったが、一ファンというか、一視聴者というか、一観客的な横柄なアティチュードも備わっていて、プロであるゆえにそれが大きくわがままとして出てくる。

自分の思い描く理想というものがあって、それに沿っている曲に対しては「最高」って評価を下すが、それと少しでも外れていると「ダッサ」と言って切り捨てる。

Spotifyにはいろんなプレイリストがあるけど、今その時に聴きたい音楽で分けてる。車を運転してる時、仕事してる時、散歩する時、ジム行く時とか、そんな感じだ。

Spotifyにも予めオススメのプレイリストを提示してくれたりする。この曲を聴いてる人はこの曲も好きだろう?とかサジェストしてくれるし、自分でも、こんなアーティストいたんだ!って発見にもなる。

受け身でディグってる。

でもSuno AIは、そもそもそんなことからも解放してくれる。

GPTに「この車でどこどこまでドライブ行きたいから、Suno AI用のプロンプト作って」と頼む。

そのプロンプトで永遠Suno AIをガチャすると、完璧な曲が出来上がる。全部聴けないぐらいだ。

そしてポイントは、それらは自分で作った曲であるってことだ。

だから、一視聴者のように「ダッサ」とか「最高やん」とか勝手言っていても誰も傷つかない。なんなら、そこから追加プロンプトでリミックスやカバーやインスピレーションに使って、新曲があっという間にできる。

この経験は、音楽を経験したことない人でも驚くと思う。

僕はGarageBandから、当時なんだよ辞書かよってぐらい重いパッケージの物理メディアで販売されていたLogic Pro 6を買って、DAW、DTMデビューをした。

純正ES系やNative Instrumentsのシンセ。アナログ機材のmicroKORGとボコーダーにハマり、クラブミュージックにのめり込んでAbleton Live 7を買って、Max/MSPとかTouchDesignerとかも触った。

そんな僕からすると、こんな簡単に曲作れちゃうの?ってなる。

細かいところは、まぁあれだけど。

感動するんだ。

Suno AIを全部使いこなせているとは思わないけど、リミックスとかカバーとかリマスターとかいう専門用語は、ほとんど分からないことはないと思っているから、だいたいはできてると思っている。

Runwayは映像の仕事をもらった時に、面白いことできないかな?と思って調べてたらX(Twitter)で出てきたので、使ってみた。年会費10万越えだったけど、副業で稼いでいた僕はポーンと払って使っている。

9月から無制限プランがなくなってしまうので、Codexで映像を無料で大量生産をChromeブラウザ連携でせっかく自動化していたのに、クレジット消費となってしまった。一つ時代が終わる感じがしているけど、Runway触り出してまだ半年とかだ。時間の流れの早さにびっくりする、本当に。

操縦席には僕がいる。これは間違いないのだが、オートパイロットのような感覚?だ。自動運転だ。

仕事も今晩の献立を考える。

知らないキーワードやレシピを調べる。

言いたいことに服を着させるように文字を書く。

ミスのないようにコードを書く。

リファレンスっぽい絵を描く。

夢にも見たこともないような映像を作る。

これこれ分かってるねっていう音楽を作る。

生成、生成、生成。生産、先生、セイセイセイ、フォー。

「あれやっておいて。その間にこっちも調べておいて。画像は昔はNanobanana標準のGeminiだったけど今はGPT一択、実装はClaude Codeだけど高いからCodexに変えた、映像はRunwayでseedance 2.0でCodexによる自動生成。音はSuno AIでPromptはGPT。」みたいな回し方をしている。

なんなんだこれは。

一人なのに、小さな制作会社みたいになっている。

ずっと会話しているから、それぞれの勝手も分かってきた。

今やAIなしで仕事をするのなんて想像できない。

チャッピーことChatGPTを使い出したのは、明確に2024年のWebXで登壇トークスクリプトを考えないといけない時にAIに頼ったことがキッカケだが、振り返ってみると僕は、AI歴が結構長い。

2018年、人生の夏休み

前職へ入ったのが2018年9月だった。

ある時期、急に暇ができた。忙しくしていた方々には申し訳ないが暇と表現する。

詳しい事情はここでは書かない。

誰かを悪者にしたい話でもない。

ただ、とにかく暇、というか時間があった。

給料をいただきながら、時間がある。

なんと幸せなことなのだろう。

人生の夏休みだ。

僕はその時間で、デザインを研究した。とことん徹底的に研究した。

あ、そうそう。

僕は今デザイナーをしている。知ってる人もいると思うけど、音楽だけやってた僕しか知らない人は知らないだろう。

僕は美術大学でアートとデザインを勉強していた。

今は東京の会社にお世話になっていて京都に住んでるわけなのだけど、去年の10月に入社したので、そんな2拠点生活もそろそろ一年になる。まだ一年って感じかもしれない。

最近なにやってる?は定期サブスクでやってくる質問だが、いま東京と京都にいるよ!と答えると、さすが業界人は違うね、と言われたことがあるが、僕はサラリーマン、会社員だ。音楽アーティストではない。

今の会社とのご縁をつないでくれたのは、前職で大変お世話になった人だ。

後出しじゃんけんだが、当時から優秀だった。

その後、環境が変わり、起業して、会社を大きくして、今は経営を担う立場にいらっしゃる。

こう、なるべくしてなった人って、いるんだなと本当に思う。今も当時も。

僕も前職のタスクだけでなく、起業された会社の案件をご一緒させてもらった。Webと映像の制作だったかな。

人のご縁って、あとから効いてくる。

デザイナー補充で僕に白羽の矢が立ったのだろうけど、デザインといえば?で田村が第一想起になってくれていたのなら、本当に、嬉しいことだ。

2018年、デザイン、と聞いてピンと来る

2018年5月、経済産業省・特許庁から「デザイン経営」宣言が出た。

当時の僕はUIだグラフィックだプロダクトだブランディングだと、いろいろデザインを分類して、スペシャリストかジェネラリストか論争に終止符を打つべく、全方位で深くやっていた。ただし、デザインに関してだけ、だ。

あ、もちろんUXデザインもかじっていた。

VUCAとか横文字を使っていた。スカすにはちょうどいい。本当にそうなるとは思わなかったけど。

僕は30歳になったばかりだった。ってことは、もう8,9年前だ。

今みたいなAI時代が来るなんて、想像できなかったし、全然分かっていなかった。

でも技術は好きだった。

好きだったけど、できなかった。

HTMLとCSSは書けた。

JavaScriptも触る。

PHPも触る。

デザインカンプを作って、イラレやフォトショでサイズや位置を何時間も悩むくらいなら、さっさとブラウザに置いて、その場で直せばいいやん、と思っていた。

HTMLなんてこっちが言いたいことを書けばいい。Googleが見てくれたら良いのだ。

見た目はCSSが綺麗にしてくれる。

動きが欲しければJS。

動的な管理画面ならPHP。

雑な説明だが、僕の中ではそんな感じの定義だ。

ちなみに今はPythonとTypeScriptが好きだ。

でも、ネイティブアプリはまだ怖い。未知だからだ。

ちなみに現職には、僕よりHTML/CSSが速い人がいる。

今まで出会ったフロントエンジニアの誰にも負けなかった僕が、初めてコーディングで負けたんだ。

本当にそんな奴に初めて会ったわ。

東京って怖いところだよ。おっかない。

オライリー。オラクルではない

脱線が好きなわけだが、話をAIに戻そう。せっかくテック企業に入社できたなら、憧れだった技術を学ぼう!と思った。

社員はPython使いばかりがいたから、教えてくれるかな、と勝手に期待しつつPythonを勉強し始めた。

普通の人なら、まずは基礎からやるのだろう。

ピアノなら指の練習だ。ドレミの勉強だ。日本語で言うと、教則本ってやつだ。英語で言うと、知らない。言おうと思ったことがない、という理由にしておく。

で、だ。僕はPythonの勉強として、いきなり機械学習の本を手に取って、迷わず買った。いつも服屋行って試着してるのに優柔不断な僕だけど、いつもよりも強気なんだ。だって、本は経費にできるからね。

レジはキャッシュレスのピーで前の現金おばあちゃんをスッと抜かす。

同じように躊躇なく初めましてのものに対面しても、基礎を飛ばす。

基礎練ってなんやねん?って思うからだ。

僕は、昔からそうだ。

体の細胞レベルでそんな風に、思っちゃうのだろう。

そして、そんな気にさせてくれる、京都BALの地下にある丸善が大好きだ。

僕はあそこが好きだ。

香水も、メガネも、服も、タオルも、雑貨も、本も、見られる。

地下へ降りて、一番奥のIT本がたくさんあるところが好きだ。

その手前には写真集とかビジネス書とか美術やデザインの本がある。

どこの本屋もあの並びにしたらいんじゃない?って思うぐらい完璧。

多分売れるよ。僕だけは買う。

で。そこでオライリーの本を取ったわけだ。

てか、オライリーって、いつもオラクルと間違えそうになる。なんかITだし、オラ、だし。

終わりら行だし。

でも、ぜんぜん似て非なるものだ。ベンダー資格と教本ぐらい違う。そのままだけど。

知らない方向けに説明をしますと、

オライリーっていうのはだな、まず

安そうな薄い紙。

なんか知らんけどめっちゃ怖い動物。

辞書だね?って思うぐらい分厚いページ数。

あるあるですよね、の冒頭に謝辞。

ある意味で辞書とも言うっていうか、バイナルって響きが妙に合う。

僕らのバイブルはいつだってオライリーだ!エンジニア諸君!

で、エンジニアさんの足元にも及ばないくせに、エンジニア気分で「あれ?この本、機械学習って。なんか、おもろそ。機械学習って書いてるけど、あれやん、AIのやつやん。デザイン経営に書いてたし、やらなあかんのかな。で、経営って何なん?学部?」

30代が始まったばかりの僕は、そのくらいのかっるいうっすい感じで飛び込んだ。

よく分からへんけど、ほな、やってみまひょか。

昔からだいたいそうだった。

で、結局いまだに「経営って何?」って思ってるところもあるが、今後の田村に期待だよな。あーでもないこーでもないを繰り返していくんだ。

でも、それでいいんだと思う。変わらないと思う。分からないから触る。触ったら、ちょっと分かる。また分からないものが出てくる。

たぶん、ずっとそれ。これが根源だ。ん、根元?漢字って難しい、てか、blogとか初めて書いてるよな。いや、高校のバンド時代やってたかな。

ずっとずっと音楽をやっていた

そう、僕は高校時代にバンドをやった。

大学を卒業してから、DJをはじめた。

その前はVJだった。

舞台照明も触らせてもらった。

曲も作った。

自分からお願いしても、なかなかできないような現場にも呼んでもらった。

こんな僕に、話を振っていただいた。

ありがたいことだ。

なのに、ふと「何も成し遂げてないな」と思うことがある。

なんでだろう。

「過去の栄光、すがる傾向」と、いつか鎮座DOPENESSが歌っていた気がするけど、僕もそうなのだろうか。

今が嫌なわけではない。

むしろ今はかなり楽しい。過去一ぐらい楽しいんだ。

今の僕

京都と東京の二拠点生活。

デザイナー。

美大出身なので、本当にデザインのこと以外無理の社不だと思っている。

かなり本気でそう思っている。

それぐらい仕事も本気でやっている。

仕事はデザインだ。

デザインの仕事をやっていて、一番心が動く瞬間は、完成品を見せて「どうですか〜格好いいでしょう〜」とドヤッてる瞬間ではない。

何もなかったところから、急いで形にして見せたときのリアクションだ。ドヤる瞬間なんてデザインにはないのだ。

人がデザインを読解しているときの、「あれ?これはこう言う意味だから、こうなっているのか!」と自分がまだ見えていなかったけど、そうそうこれこれ!ってする顔が、とにかく好きだ。

そこからさらに、「だったらさ、ここをこうしてこうしたら、もっと良くならない?」と、はじまりからはじまる延長線上の会話に続く。

さらに僕も「え、それめっちゃセンスいいですね」と返す。

分からないところをお互いに埋め合いながら、コミュニケーションが止まらず白熱し、お互いの考えが寄り添い高め合い大きくなっていく。紡いでいく。続いていく。なんだろ、一緒の冒険っていうかRPGのチームで戦ってる感じ。

もちろん休んでセーブする。バイオハザードはセーブしなさ過ぎてインクはもう持てないって言われるけど、あれは個人プレーだ。

デザインは常にチームプレーだ。

デザイナーかノンデザイナーかなんて、どうでもいい。気にしたことない。

上下もない。けど、役職はあるからしっかり茶坊主は大事。

ただ、しっかりと、尊敬と理解だけがある。フェアだ。誠実だ。お互いにプロであるという責任も追っているからこそだ。

だから、伝わったあとに、もう一段先へ行ける瞬間。

あれがとにかく楽しい。あら、ずいぶんと興味深いですね〜って声かけられるぐらい嬉しい。

それに、僕は服が大好きだ。

中学からどハマりしてるから、もう25年ぐらい服のトレンドを追っている。

デザイン以外の趣味って言おうと思ったけど、服も立派なデザインだ。

ファッションデザイン。空間デザイン。空デ。

ギャルソン、ウェストン。

ガチ東レのTEÄTORAのセットアップ。

そして、伝統のRIMOWAを引いて東京へ行く。

バタバタが終わり、京都へ帰れば、まずは初代FIAT Pandaに乗る。

左ハンドル、MT、80年代のイタリア車。

初めてのマイカーがそれだ。パンダも大好きだ。

パンダで美術館へ行く。

パンダでパン屋へ行く。

川端通、加茂街道、鴨川沿いを走る。

昔の車だから、クーラーはあんまり効かない。あんまりちゃうな、成人男性がもうええてって言うぐらい暑い、熱中症になる。

でも、乗っているだけでニヤニヤになる。

いや、乗る前からだな。見ただけ、で。

エンジンもかけなくていい、ハンドル握るだけで。

だんだんキモくなってきたが、要するにつまり、かなり楽しい。

なお、ありがたい、まである。

車、というかパンダ(パンダ以外に車はあんまり詳しくないから)という趣味というか、生き甲斐というか、故障しても介抱し続けて推活のごとく課金して給料もう無いやんってなってもはやパンダのために働いているなと思えるぐらい好きな車に出会っても。

それでも、なお、だ。

なんだかな。全くと言っていいほど満たされていない、と感じる瞬間がある。

言い過ぎたかな?

でも、本当にもっとできるんだよな、と思ってしまっている。

思うのはいつだって勝手だ。

でも、なんなんだろう。

VALUE

そんな、夏のゲリラ豪雨のごとく突如として急にやってきた問いに対して。

自分を一度振り返ってみることにした。

自分は何に価値を感じてきたのか。

何を格好いいと思ったのか。

何を怖がったのか。

何から逃げたのか。

何を捨てきれなかったのか。

びしょ濡れになりながら考えてたら、

曲を作ってた。「VALUE」が一曲目だ。

値段か。

数字か。

肩書か。

市場か。

再生回数か。

誰かの評価か。

それとも、自分か。

答えはたぶん一つじゃない。

だから、人生の中で実際に鳴っていた音楽を辿ってみる。正直に。何曲になるだろうか。

ゲーム。パンク。ロック。テクノ。House。Hip-Hop。Reggae。Minimal。

改めてこう見ても、本当に雑食だ。テクノの中でも細分化されたジャンルはほとんど聴いているつもりだし、その細分化ジャンルの人たちは一口にテクノと言っても、コミュニティとしては交わらないから、より一層だ。

でも、耳だけでなく体でいろんな音楽を聴いてきたことは事実で、関わってきた人も全然違ったけど、僕はそこにいた。

ジャンルとかコミュニティとか僕は超えていった。

そして、今、その時々の自分を作ったといっていい音たちを、拾い上げて、今の自分でもう一度曲にする。

本当に大変申し訳ないが、僕の音楽友達は本当に耳が肥えてるから、ダサいと思われると思う。

けど、全員が全員、音楽マニアではないから、少し分かりやすくしてるのは許して欲しい。

今だから、今っぽくなっていると思う。2026年に20年以上前のことを振り返るのだから。

でも、本当に好きな人が聴いても「分かってるな」と思ってもらえるくらいには本気で作ってます。至らないかもしれませんが、ガチっす。

極限まで張り切ってダサいことは絶対にしない男前文化系の人が、純粋に星野源やサカナクションと出会って向き合った話も、この先ちゃんと書きたい。

そう、書きたい、だから、まだ書いてない。

うん、まだっす。

むしろ、まだ思い出している途中ぐらいの進捗です。

そしてNACKへつながっていく

今、本業のデザインと一緒に、本気で取り組んでいるものがある。

NACK。これもまた、まだ完成していない。

でも、最先端技術のNFT技術や3Dカメラを使って、アートや文化を次の場所へ運ぶ事業だ。

なんで音楽の話から急にNFTと3Dカメラとアートなん?、と思うかもしれない。

僕もまたこれからゼロから丁寧に説明するとなると長くなるな、とさらに強めにお尻を叩こうかと思ったけど、もう指が痛い。

とりあえず、書き続けてみるので、そのうち分かってくれるはずだと思っています。

指輪が痛いのはゲームしたぶりなので、いつぶりか分からないけど、もうそろそろ第一弾は終わろうと思う。

けど、最後に、一つだけ。

NACKで「アーティスト診断」というものを作った。これだけは完成した。お盆に夢中で作った。

いくつか質問に答えると、今の自分に近いアーティスト・タイプが出るっていういわゆる診断アプリだ。

流行りに乗って作っみた、やってみて欲しい。

アーティスト診断をやってみる(外部サイトを新しいタブで開く)

ちなみに、もちろんアプリ作者である僕もやった。

葛飾北斎だった。

笑った。こんだけヨーロッパのアーティストいて、こんなヨーロッパ文化好きなのに、日本画家かよって。

でも、この診断ツール、当たってる気がする。

一つの型に収まらず、ずっと作って、試して、変わっていき、終わらない。

僕やんって、率直に思ったし、自分で作った診断に自分が当てられたとかシンプルにおもろい。今の職場の仲のいい同僚にも当たってるって言われたから嬉しかった。

見てくれてる人っているんだ。

これもAI。でも僕が作った

この連載も、音楽も、映像も、かなりAIを使っている。

GPT。Claude。Runway。Suno AI。

今をときめくAIツールだ、年末あたりからどれ使う?論争とかあって比較とか読み漁っていたけど、結論全部使うのが良い気がしている。

AIはなんでも作ってくれる。

でも、全部僕が作ったものだ。

AIに作ってもらったのに、僕が作ったってどういうこと?

答えは今は言わないで、もしかすると、この旅の最後には少し分かるかもしれません。

えっと、長いです。

たぶん、かなーり長くなります。

一旦ここまでが、まずは今の僕の近況報告です。

少しでも僕のことが気になってくれた人。

なんだかよく分からんけど面白そうだなと思ってくれた人。

もしかしたら、ちょっと好きになってくれた人。

ぜひ、仲良くしてください。

次は、まだクラブなんて知らなかった頃へ戻ります。

指痛くなってからもさらに書いてしまった。熱中してしまったな。

    NACK notes / PROFILE

    田村 祐大

    Designer / NACK Founder

    岡山県出身、京都在住。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間携わった後、NACKを始動。

    NACK notesでは、映画、YouTube、音楽、車、日々の選択を、自分の経験とアート・デザインの視点から読み直す。専門家として結論を示すのではなく、一人の読み手として考えた過程を記録している。