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デザイナーですが、営業の話をします。仕事は「約束」。

デザイナーですが、営業の話をします。仕事は「約束」。

デザイナーですが、営業の話をします。仕事は「約束」だった。

仕事とは何か。

営業は何を売っているのか。

デザインは何をする仕事なのか。

別々に見える三つの仕事を考えていたら、一本の線でつながった。

仕事は、約束を結ぶこと。

営業は、未来の約束をつくること。

デザインは、その約束を伝わる形にすること。

これは、僕が自分との約束を守れなかった日から考え始めた話です。

デザイナーですが、営業の話をします

デザイナーなのに。

NACKは文化やアートのサービスなのに。

いきなり営業の話かい。

ええ、僕もそう思います。

本当は、「僕の音楽史」の続きを書いていた。

当時の写真を整理しているうちに、昔のMiniDVテープを見つけた。映像まで残っているなら、記事はもっと面白くなる。

そこで、テープをデジタル化するための機材を買いに電気屋へ向かった。

一万円ほど使って、昔のビデオをデジタル化するための怪しい機材を一人で買いに来た中年男性。

僕だ。

その電気屋では、夏のガラガラ抽選会をやっていた。

店員さんに「やりますか?」と聞かれたので、一応、景品を聞いた。

「お菓子です」

やめようかなと思った。

でも、お菓子なら中年男性がもらっても、ギリギリ嬉しいと思ってもらえるかもしれない。

そう判断した僕は、「あ、やります」と答えた。

ちゃんとガラガラした。

ガラガラは、ちゃんとガラガラと鳴った。

出てきたのは白い球だった。

景品は、3,000円以上の買い物で使える300円引き券。

「え、こっちの方が嬉しいっす」

思わず声に出した。

考えてみれば、あのガラガラにもマーケティングがある。

子どもは回して楽しい。親も少し嬉しい。店には、もう一度来てもらう理由が残る。単なる余興に見えて、顧客体験と再来店の導線になっている。

心の中で「さすがっすね」と思いながら家に帰った。

そして、ビデオカメラを壊した。

取り込むための機材はそろった。

しかし、テープを再生する機械が壊れた。

当然、音楽史の記事は完成しなかった。

誰かに怒られたわけではない。締切を紙に書いて契約したわけでもない。

それでも、「昨日出したかったのに出せなかった」ということが、妙に嫌だった。

なぜだろう。

考えてみると、僕はすでに自分の中で「音楽史の続きを書いて出す」と決めていた。

誰かとの契約ではなくても、一度言葉にした時点で、僕は僕と約束していたのだと思う。

だから嫌だった。

自分との約束を、守れなかったような感覚があった。

そこから、仕事について考え始めた。

仕事とは、約束を結ぶことではないか

仕事をものすごく単純化すると、その多くは約束でできている。

「この日までにやります」

「この金額でやります」

「ここまで担当します」

「あなたがこれをやって、こちらがこれをやります」

「これを納品したら、この金額を支払ってください」

誰が、何を、いつまでに、いくらで、どこまでやるのか。

契約書になることもあれば、会議で合意することもある。チャットの「承知しました!」だけで始まる仕事もある。

形式は違っても、仕事の始まりには、たいてい合意がある。

つまり、約束だ。

そして、仕事で問題が起きる時、原因は成果物の品質だけではない。

約束の扱い方に問題があることも多い。

「金曜までにお願いします」

「分かりました」

そう合意したのに、金曜になっても届かない。連絡もない。

これは単なる制作の遅れではない。

相手にとっては、自分との約束がどう扱われているのか分からない状態だ。

もちろん、仕事は予定通りにいかないこともある。

想定外の問題が起きる。体調を崩す。技術的に難しいことが分かる。必要な情報がそろわない。

そんな時は、約束を結び直せばいい。

「間に合いません」

「ここまでならできます」

「あと一日ください」

「この部分を助けてください」

状況を伝え、条件を調整し、もう一度合意する。

プロフェッショナルとは、一度も失敗しない人ではなく、約束を雑に扱わない人なのかもしれない。

営業は、未来の約束をつくる

では、仕事の中で最も多く約束をつくっている人は誰だろう。

営業だ。

僕は普段、デザイナーとして制作側にいる。

制作側から見ると、営業は「何も作っていない」ように見えることがある。

デザイナーは画面やグラフィックを作る。エンジニアはコードを書く。映像制作者は撮影して編集する。ライターは文章を書く。

営業は、会う。話す。聞く。メールする。提案する。人を紹介する。

手元に完成物が残らないことも多い。

しかし、営業の人が誰かと会って帰ってきた翌日、予算が動いていたり、誰かと誰かがつながっていたり、プロジェクトが始まっていたりする。

では、営業は何を作ったのか。

たぶん、これだと思う。

まだ存在していない、未来の約束を作った。

「この会社と一緒にやりましょう」

「この予算で実現しましょう」

「この日までに届けましょう」

「この人たちを巻き込みましょう」

「この課題を解決しましょう」

営業力とは、話術だけではない。

相手が何に困っているのかを理解し、自分たちに何ができるのかを判断し、それを実現可能な約束へ変換する力だ。

だから、優れた営業は、売りたいものを押しつける人ではない。

困っている人と、解決できる人をつなぐ人だ。

営業は、約束のプロなのだと思う。

営業は、先に未来を言葉にする

営業には、もう一つ特徴がある。

未来を先に言葉にする。

「できます」

「やります」

もちろん、実現できないことまで「できます」と言うのは、営業ではなく無責任だ。

しかし、実現可能性があるなら、先に目標を置く。

そのあとで、どう実現するのかを考える。

誰が必要か。

いくら必要か。

どこまでならできるか。

いつまでなら間に合うか。

制作側は、すべてを確認してから約束したくなる。

営業は、逆方向から進むことがある。

未来を約束し、現在をそこへ向かわせる。

この力は営業だけのものではない。

プロジェクトマネジメントにも、経営にも、起業にも、企画にも必要だ。

目標を決める。関係者と合意する。必要な資源を集める。実行する。問題が起きたら調整する。そして、約束した価値を届ける。

仕事の多くは、この繰り返しでできている。

マーケティングは、約束する相手を見つける

では、マーケティングは何をしているのか。

マーケティングを広告やSNS投稿だけだと考えると、少し狭い。

まず考えるべきなのは、誰が何に困っているのかだ。

何を欲しがっているのか。

なぜ今の選択肢では満たされていないのか。

どんな言葉なら価値が伝わるのか。

どこで出会えば届くのか。

電気屋のガラガラ抽選会も、小さなマーケティングとして見ることができる。

白い球が出る。お菓子だと思っていたら300円券だった。しかも僕は、そちらの方が嬉しかった。

店側にとっては、単なる景品ではない。僕には、次にまた3,000円以上買う理由ができた。

マーケティングは、人を無理やり動かすことではない。

人がすでに持っている欲求や困りごとを理解し、価値と出会いやすくすることだ。

マーケティングが「誰に、何が必要なのか」を見つける。

営業が「では、一緒にこう解決しましょう」と約束する。

この二つは、かなり近い。

デザインは、約束を見える形にする

では、デザインは何をするのか。

僕は、デザインも約束を扱う仕事だと思っている。

会社が「こういう価値を届けます」と言う。

商品が「こういう体験を提供します」と言う。

営業が「この課題をこう解決します」と言う。

デザイナーは、その約束が本当にそう見えるのか、本当に伝わるのか、本当に使えるのかを形にする。

Webサイト、UI、ロゴ、広告、資料、映像、パッケージ。

すべて違う制作物だが、共通しているのは、抽象的な価値を、人が認識できる形へ変換することだ。

だからデザインは、「言われたものをきれいにする仕事」ではない。

以前、僕はこんなことを言った。

僕は、分かる人に分かればそれでいいと思っている。でも、アホにでも分かるようにするのが僕の仕事だと思っている。デザインって、そういう仕事だから。

言い方は強い。

ただ、言いたかったのは、相手に知識を要求するのではなく、こちらが伝わる形まで翻訳する責任を持つということだ。

専門用語を知っている人にしか届かないなら、それは説明したことにはならない。

分かるようにする。

絶対に、分かるようにする。

それがデザインの仕事だと思う。

現実の依頼は、最初から整理されているとは限らない。

「なんとなく古く見える」

「うちの良さが伝わっていない」

「売りたいけれど、どう見せたらいいか分からない」

「会社らしさって何だろう」

そんな相談に対して、「要件が決まってから来てください」では仕事にならないことがある。

分からないところから、一緒に考える。

聞く。

観察する。

整理する。

問いをつくる。

選択肢を見せる。

一緒に決める。

そして、つくる。

言葉になっていないものを聞き、仮説を立て、見えるものへ変換する。

営業もデザインも、相手がまだ説明できていない未来に伴走する仕事なのだと思う。

ブランディングは、会社の約束をそろえる

この構造が最も分かりやすく現れるのが、ブランディングだ。

ブランディングは、ロゴを一つ作って終わる仕事ではない。

会社は何者なのか。

誰のために存在するのか。

何を約束するのか。

競合と何が違うのか。

顧客からどう見られたいのか。

社員には、どう振る舞ってほしいのか。

まず、それを言語化しなければならない。

しかも、その答えを一人だけが持っているとは限らない。

経営者、役員、営業、マーケティング、採用、プロダクト、現場。それぞれが見ている会社は少しずつ違う。

社長が考えている会社。

営業が売っている会社。

採用候補者が見ている会社。

顧客が実際に体験している会社。

それらが同じとは限らない。むしろ、ズレていることの方が多い。

だから、最初からロゴの話をしても仕方がない。

会社は何者なのか。誰に何を約束するのか。その約束は、現場で本当に守られているのか。

そこまで考えた上で、言葉、ロゴ、色、写真、Web、広告、資料、空間、接客へ展開していく。

ブランディングとは、会社の「こうありたい」という約束を、組織で共有できる言葉と体験へ変換する仕事だ。

良い仕事は、誰かの困りごとを少し減らす

営業、マーケティング、デザイン、経営、アート、お笑い。

並べると、かなり遠い。

でも、「それを受け取った人に何が起きるか」で見ると、急に近くなる。

困っている。

分からない。

伝わらない。

しんどい。

退屈だ。

孤独だ。

その状態を、少しだけ別の状態へ動かす。

営業は、「売れない」「人が足りない」「どう進めればいいか分からない」という困りごとに対して、解決策と人をつなぐ。

デザインは、「伝わらない」「見せ方が分からない」「自分たちらしさが分からない」という困りごとを、言葉と形にする。

マーケティングは、「必要な人に届かない」という問題を解く。

お笑いは、つらい状況そのものを消せなくても、その状況と人との距離を少し変えることがある。

しんどい日に漫才を見る。

明日の仕事はなくならない。失敗した事実も消えない。失恋がなかったことになるわけでもない。

それでも、一度笑うと、ほんの少しだけ軽くなる。

アートも同じかもしれない。

自分にしか見えていなかったものを作品にして、誰かが「ああ、こういうことだったのか」と気づく。

感情、困りごと、社会への違和感。まだ言葉になっていないものを、別の形で差し出す。

そこで誰かが共感したり、笑ったり、少し救われたり、新しい見方を手に入れたりする。

良い仕事は、結局、誰かの困りごとを少し減らすことなのかもしれない。

大事なのは、まず相手を見ることだ。

何に困っているのか。

何なら助けられるのか。

何を約束できるのか。

そこから仕事が始まる。

唯一無二は、選択の積み重ねから生まれる

唯一無二というと、誰もやっていないことをゼロから発明するイメージがある。

もちろん、そういう人もいる。

でも、唯一無二には、もう一つの作り方があると思う。

何かを見た時に、全部をそのまま真似するのではなく、「ここが好きだ」「これは違う」と、一つずつ選んでいく。

音楽でもそうだ。

ハウス、テクノ、ファンク、ポップ。昔のものと今のもの。すべてを混ぜれば個性になるわけではない。

何を残し、何を捨てるのか。

そこに、その人が出る。

自分の中へ入ってきた大量のものから、本当に大切なものだけを残していく。

音楽で言えば、リミックスに近い。

素材自体は世界に存在していても、何を選び、何を捨て、どんな比率で組み合わせるのかは、その人にしか決められない。

デザインも、営業も、経営も同じだ。

唯一無二とは、奇抜であることではなく、自分が見てきたもの、経験したもの、信じているものを、自分にしかできない比率で編集した結果なのだと思う。

マネジメントは、約束を守れる状態をつくる

チームになると、約束は複雑になる。

一人なら自分が頑張れば済むことも、複数人ではそうはいかない。

担当、期限、品質、予算、依存関係をそろえなければならない。

だから、マネジメントは人を監視することではない。

チームが約束を守れる状態をつくることだ。

できない時に、早めに言える。

困った時に、助けを求められる。

誰が決めるのか分かる。

期限の意味が共有されている。

品質の基準が分かる。

本人がどれだけ真面目でも、こうした環境がなければ約束は崩れる。

教育も同じだ。

ツールの使い方だけではなく、自分が引き受けた仕事をどう扱うのかを学ぶ。

約束を守る。

守れそうにないなら相談する。

必要なら、約束を結び直す。

これは、職種を問わない仕事の基本だと思う。

AI相手でも、やっていることは同じだった

これはAIを使っている時にも感じる。

この記事のOGPサムネ画像をいつもの通りChatGPTに作ってもらおうとした。

出てきた。

全然違った。

思わず言った。

「お前、ぜんぜんちゃうやないか」

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ChatGPTは、既存のNACK Noteのビジュアルルールを無視して、勝手に「クリエイターの作業部屋」を作ったことを認めた。

↓↓↓正しいのはこっち。笑

デザイナーですが、営業の話をします。仕事は「約束」。

そして、もう一度やろうとした。

僕はそこで言った。

「お前も諦めないよな」

返ってきたのは、

「諦めないよ。笑」

だった。

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なんか、この記事でずっと書いてきたことを、その場でAIとやっていた。

一度伝えて、違うものが返ってくる。

そこで「こいつはダメだ」と切って終わることもできる。

でも、なぜ違ったのかを伝える。相手も修正する。まだ違ったら、また伝える。

そして途中で、こちらも気づく。

全部を相手にやってもらう必要はない。

「分かった。こっちでやる」

そう思った直後、

「あ、協力もできるな」

と気づいた。

相手にできることを任せて、自分ができることは自分でやる。そして、一緒に完成させる。

営業でも、デザインでも、マネジメントでも、AIでも同じだ。

できないと決める前に、伝わるところまでやってみる。

それでも難しいなら、役割を変える。

諦めないというのは、同じやり方を根性で繰り返すことではない。約束したところまでたどり着くために、やり方を変え続けることなのかもしれない。

失敗した時に逃げないことも、信頼になる

仕事をしていれば、失敗する。

約束を守れないこともある。

あとから「あの時、本当にやばかった」と笑える失敗談がある。

でも、笑えるのは、その後も関係が残ったからだ。

失敗した。

焦った。

謝った。

できることをやった。

相手の困っていることにも向き合った。

そして関係が続いた。

だから、あとから笑える。

信頼とは、一度も失敗しないことではなく、失敗した時に逃げないことでもある。

反対意見をくれる人を、大事にしたい

反対意見を言ってくれる人は、大事にした方がいい。

ただ否定する人とは違う。

「お前はダメだ」「そんなものは無理だ」で終わるのではなく、「僕はこう思う」「ここは違うんじゃないか」「それをやるなら、ここまでやった方がいい」と、自分のために言いにくいことを言ってくれる人だ。

大人になるほど、真正面から意見を言ってくれる人は減っていく。

だから、その人に「こうする」と言ったなら、できるだけ守りたい。

それは、自分のために時間と勇気を使ってくれた人との約束だからだ。

僕は、これをデザインにおける「フェアネス」だと思っている。

営業なら「対等」という言葉に近いかもしれない。

依頼者だから、すべて正しいわけではない。

デザイナーだから、すべて分かっているわけでもない。

営業だから、売ればいいわけでもない。

コンサルタントだから、フレームワークを当てればいいわけでもない。

相手のためになると思うなら、違うと思った時に違うと言う。

ただし、自分の正解を押しつけるのではなく、まず相手を知る。

会社には会社の歴史がある。人がいる。顧客がいる。強みがある。弱みがある。予算がある。文化がある。これまで守ってきた約束がある。

優れたフレームワークに会社を押し込むのではない。

その知恵を、その会社が使える形へ翻訳する。

相手が知らないなら、分かるようにする。

抽象的なら、具体にする。

言葉で伝わらなければ、図にする。

図で伝わらなければ、試作する。

相手をちゃんと見た上で、必要なことを言い、必要なことをする。

全部を肯定することが優しさではない。

全部を否定することが厳しさでもない。

それが、僕にとってのフェアだ。

成功とは、制限の中で最適を探し続けること

仕事には、必ず制限がある。

人間関係。

予算。

期限。

法律。

契約。

技術。

物理的な限界。

デザインも同じだ。

バナーにはサイズがある。コピーが決まっている。使う写真やロゴの位置を指定されることもある。

自由に見えて、実際にはかなり制限されている。

しかし、デザインの仕事は、その制限を嫌がることではない。

制限を守りながら、その中で最も良い状態を探すことだ。

僕は、「最高のデザイン」というものは、あまり存在しないと思っている。

あるのは、その時、その場所、その目的、その相手に対する、最適なデザインだ。

「赤にする」と決めても、赤は一色ではない。

明るい赤。暗い赤。朱色に近い赤。紫に近い赤。鮮やかな赤。くすんだ赤。

大事なのは、赤にするかどうかだけではなく、なぜその赤なのかまで考えることだ。

営業でも、経営でも、サービスでも同じだ。

誰に、どの程度、どのタイミングで、どの言葉で、どの方法で届けるのか。

約束の解像度を上げるほど、選択は細かくなる。

成功している人は、何でも自由にできるように見える。

しかし実際には、法律、資金、人材、市場、顧客、時間といった、たくさんの制限を抱えている。

その制限を理解し、守り、調整しながら、それでも目的を実現する。

成功とは、制限がなくなることではなく、制限の中で最適を探し続けることなのかもしれない。

制限があるから、考える。

考えるから、工夫する。

工夫するから、独自性が生まれる。

最高ではなく、最適を探す。

状況が変われば、最適も変わる。

だから、見直す。

調整する。

考え続ける。

それでも、約束した未来へ持っていく。

僕の仕事観は、たぶんここにある

ここまで考えると、営業、マーケティング、デザイン、コンサルティング、ブランディング、マネジメント、アートは、違う仕事に見えて、僕の中ではかなり近い。

まず、相手を見る。

相手を知る。

困っていることを理解する。

必要なら反対意見も言う。

一緒に約束をつくる。

その人に届く形へ翻訳する。

そして、約束したところまで一緒に持っていく。

たぶん、NACKでやりたいことも、この延長にある。

アートを特別な人だけのものにするのではなく、作品、人、歴史の背景を編集し、翻訳し、これまで届かなかった人にも「こういうことだったのか」と渡していく。

誰かの困りごとを少し減らすこと。

新しい見方を渡すこと。

笑わせること。

デザインすること。

約束を結ぶこと。

僕の中では、すべてが完全に別々ではない。

人と向き合い、理解して、より良い状態まで一緒に持っていく。

僕は、それを仕事にしたいのだと思う。

決めたなら、やる。

約束したなら、守る。

守れなかったら、逃げずにもう一度向き合う。

僕は、電気屋へMiniDVを取り込みに行っただけだった。

白い球が出て、300円券をもらって、ビデオカメラはうまく動かなくなり、音楽史も予定通りには出せなかった。

でも、その寄り道を追いかけていたら、営業も、デザインも、マーケティングも、お笑いも、アートも、結局は同じ場所へ戻ってきた。

相手を見る。

分かるようにする。

困っていることを少し減らす。

そして、自分が結んだ約束から逃げない。

それが、今の僕の仕事観です。

音楽史の約束は、守れなかった

本当は今日、前回公開した「僕の音楽史」の続きを出したかった。

間に合わなかった。

仕事は約束だと、ここまで偉そうに書いておいて、自分が約束を守れていない。

でも、何もしなかったわけではない。

音楽だけは作った。

前回、音楽史と一緒に公開したのが、y4tRの「VALUE」。

VALUE — y4tR / SoundCloud(外部サイトを新しいタブで開く)

そして今回、そのVALUEをもう一度考えた。

「これを日本だけではなく、最初から世界へ届けるつもりで作り直したら、どうなるんだろう」

そう考えて作ったのが、「VALUE Worldwide Mix」です。

VALUE — Worldwide Mix / y4tR / SoundCloud(外部サイトを新しいタブで開く)

単に英語にしたかったわけでも、派手にしたかったわけでもない。

誰に届けるのかが変われば、伝え方も変わる。

これは、営業でも、マーケティングでも、デザインでも、音楽でも同じだった。

相手を見る。

どうすれば届くのかを考える。

自分が持っているものを、相手に届く形へ翻訳する。

Worldwide Mixでは、こんな問いから始まる。

Who decides my value?

Who decides your value?

僕の価値を決めるのは誰だ。

あなたの価値を決めるのは誰だ。

そして、曲の中ではこう歌っている。

Different doesn’t mean divided.

違うことは、分断されることではない。

他人の物差しや、値段、順位、勝ち負けに、自分の価値を決めさせなくていい。

人によって、世界の見え方は違う。

でも、違うからといって対立する必要はない。

Eight billion lives.

Eight billion views.

80億の人生があれば、80億の視点がある。

この曲もまた、僕が今考えている「相手を見る」「違う視点を知る」「届く形へ翻訳する」ということの続きなのだと思う。

原曲とWorldwide Mixを、ぜひ続けて聴き比べてみてください。

僕がこの数日で何を考えていたのか、言葉よりも分かる人がいるかもしれない。

音楽史の続きは、間に合わなかった。

でも、その寄り道からこの記事が生まれ、次の音も生まれた。

予定通りにはいかなかったけれど、何も進まなかったわけではない。

むしろ、寄り道したから気づけたこともあった。

そして次は、ちゃんと続きを出したい。

音楽史の続きも、ちゃんと書きます。

約束したので。

    NACK notes / PROFILE

    田村 祐大

    Designer / NACK Founder

    岡山県出身、京都在住。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間携わった後、NACKを始動。

    NACK notesでは、映画、YouTube、音楽、車、日々の選択を、自分の経験とアート・デザインの視点から読み直す。専門家として結論を示すのではなく、一人の読み手として考えた過程を記録している。