日本のデザイナーを「黒い服」や「和の美意識」で一括りにすると、それぞれの問いが見えなくなります。川久保玲、三宅一生、山本耀司の仕事は、服の形、作り方、身体との距離を異なる方法で考えてきました。
川久保玲と服の境界
メトロポリタン美術館の2017年の展覧会は、川久保玲の仕事を複数の境界の間として読みました。服と服ではないもの、美しさと違和感、身体と形。1997年のコレクションのように身体の輪郭を変える仕事は、服が体を美しく見せるという前提そのものを問い直します。
三宅一生と素材の設計
三宅一生の仕事では、素材と制作工程が表現の中心になります。PLEATS PLEASEの製品プリーツは、服に縫製した後でプリーツをかける方法です。公式資料が説明する軽さ、扱いやすさ、動きへの対応は、造形と日常の使いやすさを一緒に考える例です。
山本耀司と身体との余白
山本耀司の服では、身体をぴったり包む形だけでなく、布の落ち方や身体との余白に目を向けると特徴が見えます。黒という色だけで判断せず、仕立て、重なり、左右差、歩いたときの変化を観察することが大切です。
日本という分類の限界
三人の活動には、国内の繊維技術、海外での経験、パリの発表制度、着る人との関係が重なります。国籍だけで仕事を説明せず、個別のコレクションと技法を確認すると、それぞれの違いを学べます。
美術として、日用品として
美術館の展示と、日々着る服では評価の条件が違います。保存される形と生活の中で動く形を往復して見ると、日本のファッションが広げた可能性を、神話化せず具体的に考えられます。
参考資料
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