フェミニスト・アートは女性が作った作品の総称ではありません。誰が美術史に入り、どんな材料が評価されるかを問う実践です。《ディナー・パーティー》とゲリラ・ガールズから学びます。
フェミニスト・アートの問い
フェミニスト・アートは、性別による制作や展示の不平等、身体表現、家庭やケアの労働、美術史の語り方を問い直す実践です。「女性作家の絵」と同じ範囲ではありません。時代、地域、立場によって主張も方法も異なります。鑑賞するときには、作品が何を表すかに加え、誰が展示を決め、誰の制作が資料に残ったかを調べます。
《ディナー・パーティー》が席を作る
ジュディ・シカゴの《ディナー・パーティー》は1974~79年に制作された大規模なインスタレーションです。三角形の食卓に39人の女性のための席を設け、床にはさらに999人の名を記しています。陶器や刺繍など、従来「手芸」として美術の中心から外されがちだった技法を大きな展示へ持ち込みました。
歴史上の人物を選ぶ行為そのものにも限界や論争があります。誰が選ばれ、どの文化や階級が見えにくいかを検討することが、この作品を今読む方法です。
数を数えることも作品になる
匿名のアーティスト集団ゲリラ・ガールズは、美術館の展示や収蔵における性別の偏りをポスターで可視化しました。1989年のメトロポリタン美術館に関する問いは、美術館に描かれた女性の裸と、展示される女性作家の少なさを突き合わせます。比率は調査対象や時点によって変わるため、古い数値を現在の実態として繰り返さず、どの展示室をいつ数えたかを確認しましょう。
美術史を書き直すとは
忘れられた名前を追加するだけでなく、作品を選ぶ基準、工芸と美術の境界、共同制作、展示の資金と権限を問い直します。単一の「女性の経験」があると仮定せず、人種、階級、地域、性のあり方との重なりも考える必要があります。日本美術史の地図で使った「誰が歴史を編集するか」という問いを、ここでも働かせてみてください。
よくある質問
女性作家の作品はすべてフェミニスト・アートですか?
いいえ。作者の性別だけでは決まりません。作品、作家の言葉、展示や運動の文脈を確かめます。
フェミニスト・アートは1970年代に終わりましたか?
いいえ。1970年代は重要な展開期ですが、制度への批評や表現の方法はその後も更新され続けています。
参考資料
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