言語学と文字デザインとは何か:記号と視覚文化の歴史

文字は言葉を記録する記号であると同時に、視覚デザインでもあります。ヒエログリフから漢字、アルファベット、活字、デジタルフォントまで——言語学とタイポグラフィの視点で文字の造形史をたどります。

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言語学と文字デザインとは何か:記号と視覚文化の歴史

ハリウッドの歴史大作のポスターには、驚くほど高い確率で同じ書体が使われています。「トレイジャン」——1989年にアドビのキャロル・トゥオンブリーが制作したこの書体の手本は、紀元2世紀初頭にローマに建てられたトラヤヌス帝記念柱の台座碑文です。約1900年前に石工が鑿で刻んだ文字の形が、現代の映画館でも「威厳」や「格調」を一瞬で伝える視覚言語として機能し続けているのです。

ここに文字というものの不思議があります。文字は言葉を書き留めるための記号にすぎないはずなのに、その「形」自体が意味を運んでしまいます。同じ単語でも、碑文風の書体で組めば荘重に見え、丸文字で書けば親しみやすく見えます。言葉の内容は一文字も変わっていないのに、受け手の印象は一変します。言語学が扱う「記号としての文字」と、デザインが扱う「造形としての文字」。この二つの視点を重ねたとき、約5000年におよぶ文字の歴史は、人類最大級の視覚文化史として立ち上がってきます。

言語学は文字を「二次的な記号」とみなしてきた

近代言語学の出発点に立つソシュールは、言語記号の本質を「恣意性」に見ました。「イヌ」という音とあの動物との間に必然的な結びつきはなく、結びつきは社会的な約束事にすぎない、という考え方です。そしてソシュールにとって言語の本体はあくまで話し言葉であり、文字は言語を写すための補助手段、いわば記号を記録するための二次的な記号として、言語学の中心からは外されていました。

しかし、20世紀後半、哲学者ジャック・デリダは、この「声が先で文字が後」という序列そのものを西洋思想に根深い癖(音声中心主義)として批判しました。文字は話し言葉の劣化コピーではなく、独自の物質性と歴史を持つ、と。実際、タイポグラフィ(活字による文字の設計と組版の技術)の歴史をたどれば、文字が透明な記録装置であったことは一度もありません。文字は常に、それを刻み、書き、鋳造し、表示する技術の痕跡をまとった造形物でした。

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絵から音へ——ヒエログリフとアルファベットの系譜

エジプトのヒエログリフは、一見すると絵の羅列に見えます。しかし1822年にシャンポリオンがロゼッタ・ストーンを手がかりに解読して明らかになったのは、これが単純な絵文字ではなく、意味を表す表語文字と音を表す表音文字が組み合わさった高度なシステムだったことです。鳥や蛇の姿は「絵」としての美しさを保ったまま、同時に「音」の記号としても働いていました。書記たちは神殿の壁面で、文字の向きや配置を建築に合わせて調整しており、そこでは書くことと装飾することが分かちがたく結びついていました。

この「絵から音へ」の抽象化を推し進めたのがアルファベットの系譜です。シナイ半島周辺で生まれた原シナイ文字を経て、フェニキア文字は20余りの子音字だけで言葉を書き表す仕組みを確立したとされます。ギリシャ人がこれに母音字を加え、やがてラテン文字へと受け継がれていきます。数百の文字を数十に圧縮するこの過程は、造形の変形史でもあります。牛の頭を意味した「アレフ」が回転と単純化を経て「A」になったと言われるように、アルファベットの一つひとつには、絵だった頃の記憶が埋め込まれています。

書——漢字文化圏では文字がそのまま芸術になった

一方、漢字は表語文字の性格を保ったまま数千年をかけて洗練されました。注目すべきは、篆書・隷書・楷書・行書・草書という書体の展開そのものが、様式の歴史として自覚されてきたことです。4世紀の東晋の書家・王羲之は後世「書聖」と呼ばれ、その「蘭亭序」は真筆が失われた後も模本を通じて書の理想であり続けました。文字を書く行為が絵画と並ぶ第一級の芸術として制度化されたことは、漢字文化圏の際立った特徴です。

日本はこの漢字を受け取り、そこから二種類の文字を派生させました。漢字の草書体を極限まで崩した平仮名と、字画の一部を切り出した片仮名です。平仮名は連綿(文字を続けて書く線のつながり)の美を生み、装飾を施した料紙の上で和歌と一体化しました。文字を絵の中に隠して描き込む「葦手」のような遊びも生まれ、日本の視覚文化では文字と絵の境界がきわめて薄いです。この感覚は、現代の漫画の描き文字やロゴデザインにまで流れ込んでいると言われます。もっとも西洋にも、中世の修道院で聖書を飾った装飾写本の伝統があり、アイルランドの「ケルズの書」の頭文字は一文字がほとんど一枚の絵画です。手で書かれる文字が固有の美を担うという点で、東西の書記文化は遠く響き合っていました。

活字革命——文字が工業製品になった日

15世紀半ば、グーテンベルクが金属活字による印刷術を実用化し、42行聖書を刷り上げました。活字が文字史にもたらした本質的な変化は、文字が「一回ごとに手で書かれるもの」から「規格化され複製される部品」になったことです。文字の形は書き手の癖から切り離され、あらかじめ設計される対象となりました。ここに、現代につながる書体デザインという仕事が生まれます。

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1470年頃、ヴェネツィアのニコラ・ジャンソンは、古代ローマの碑文大文字と人文主義者の筆記体を統合したローマン体を確立しました。以後、16世紀のギャラモン、18世紀末のボドニへと、書体は時代様式を映す鏡になっていきます。ボドニの極端な線の強弱には、当時の製紙と印刷の技術的洗練が刻まれています。日本では、明代中国の印刷書体に由来する明朝体が、19世紀後半に本木昌造らの手で金属活字として整備されました。手書きの楷書ではなく明朝体が本文用書体の標準になった背景には、細い横画と太い縦画という構造が彫刻と量産に適していたという、きわめて技術的な理由があります。

サンセリフからスクリーンへ——20世紀の文字革命

20世紀に入ると、文字からセリフ(線の端の飾り)を取り去ったサンセリフ体が近代の顔になります。1916年、エドワード・ジョンストンがロンドン地下鉄のために設計した書体は、公共交通のための「機能する文字」の先駆けでした。1927年のフトゥーラは幾何学的な理想を、1957年に生まれたヘルベチカは「中立性」という思想を体現し、後者は今も世界中の企業ロゴや公共サインに使われ続けています。装飾を捨てることは、単なる流行ではなく、モダニズムというイデオロギーの視覚的な宣言でした。逆に言えば、ナチス・ドイツが一時期ドイツ伝統の亀甲文字(フラクトゥール)を国家の書体として掲げたように、書体の選択は政治的な旗印にもなります。文字の形は、それを選ぶ者が何者でありたいかを雄弁に語ってしまうのです。

そして文字は紙からスクリーンへ移住します。1980年代のDTP革命は書体制作と組版を個人の机の上に開放し、現在のデジタルフォントは、太さや幅を連続的に変えられる可変フォントにまで進化しました。興味深いのは、1990年代末に日本の携帯電話向けに生まれた絵文字が、2010年に国際的な文字コード規格Unicodeへ収録され、世界共通の「文字」になったことです。2016年にはニューヨーク近代美術館が初期の絵文字176種をコレクションに加えました。絵から出発し、音の記号へと抽象化されてきた文字の歴史は、デジタル時代にふたたび絵を文字体系の内側へ迎え入れました。5000年の文字史は直線ではなく、円環を描いています。

文字デザインを読むための4つの視点

  • 道具の痕跡を探す——その文字の形に、鑿・葦ペン・筆・彫刻刀・ピクセルといった、どの筆記具や複製技術の記憶が残っているかを観察します。
  • セリフの有無を意識する——碑文由来の飾りを持つ書体か、装飾を捨てた近代的な書体ですか。それだけで文字が発する「声のトーン」は大きく変わります。
  • 同じ言葉を別の書体に置き換えてみる——ポスターの文字を頭の中で明朝体やゴシック体に差し替えると、書体が担っていた意味の層が浮かび上がります。
  • 街を文字の博物館として歩く——駅名標、老舗の看板、道路標識、寺社の扁額です。都市には各時代の文字デザインが地層のように堆積しています。

私たちは毎日あまりに大量の文字を目にするため、その形を「見る」ことを忘れ、内容だけを受け取っています。しかし、一度立ち止まって形そのものを眺めれば、一つの文字の中に、石工の鑿の角度から帝国の威信、印刷機の合理性、モダニズムの理想までが折り畳まれていることに気づくはずです。読むことと見ることのあいだにこそ、文字という視覚文化の広大な領野が広がっています。

企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

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