観光学とイメージとは何か:名所、土産、写真が旅先を作る理由

人は「見たことのある風景」を確かめに旅をします。浮世絵の名所絵から観光ポスター、SNSの絶景写真まで——観光学の視点でイメージが旅先を作る仕組みをたどり、アートと観光の共犯関係を読み解きます。

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観光学とイメージとは何か:名所、土産、写真が旅先を作る理由

京都・伏見稲荷大社の千本鳥居です。朱色の柱が奥へと連なるトンネルの入り口で、旅行者たちは列を作り、順番にスマートフォンをかざしています。彼らの多くは、SNSで繰り返し目にしてきたあの構図——朱の柱が遠近感を伴って続いていく一枚——を、自分のカメラで再現しようとしています。つまり、目の前の風景を見る前に、すでに「見るべき風景」を知っているのです。

この光景は現代特有のものに見えて、実は少なくとも200年の歴史を持ちます。江戸時代の旅人は歌川広重の名所絵を眺めてから東海道を歩き、絵と同じ風景を街道に探しました。観光学(ツーリズム・スタディーズ)が一貫して注目してきたのは、この「イメージが先にあり、現実の旅が後から続く」という逆転の構造です。旅先とは発見されるものではなく、名所絵、ポスター、土産物、写真といったメディアによって作られるものなのです。

名所は歌に詠まれ、広重に描かれて生まれた

日本語の「名所」は、もともと和歌の伝統と結びついていました。吉野の桜、龍田川の紅葉、天橋立——歌枕として詠み継がれた土地は、実際の風景を見る前から「桜の名所」「紅葉の名所」というイメージをまとっていました。名所とは地理的な場所である以上に、言葉と図像の集積だったのです。

江戸後期、出版文化の成熟がこの構造を大衆化します。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」(1802年刊行開始)が旅ブームに火をつけ、1830年代には歌川広重の「東海道五拾三次」や葛飾北斎の「冨嶽三十六景」が版を重ねました。版画は安価な複製メディアであり、旅に出られない庶民も紙の上で街道を歩くことができました。そして実際に旅立った者は、広重の構図を頭に入れたまま、蒲原の雪や庄野の白雨のような風景を現実の街道に探したのです。

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興味深いのは、名所絵が現実を忠実に写したわけではないことです。広重は構図の効果のために地形を誇張し、視点を自在に動かしました。それでも人々は絵のほうを「正しい風景」として記憶し、現実がそれに似ていることを喜びました。イメージが現実の基準になる——観光の本質的な逆説が、ここにすでに現れています。

「観光のまなざし」——風景は社会的に組織される

イギリスの社会学者ジョン・アーリは、著書「観光のまなざし」(1990年)で、観光客は無垢な目で風景を見るのではないと論じました。人は広告、ガイドブック、映画、写真によってあらかじめ形作られた期待の枠組み——「まなざし」——を通して旅先を見ます。歴史家ダニエル・ブーアスティンはそれに先立つ1962年、観光客が求めるのは未知の体験ではなく、すでに知っているイメージの確認、すなわち「疑似イベント」だと指摘していました。

さらに社会学者ディーン・マキァーネルは「演出された真正性」という概念を提示しました。観光地は「本物らしさ」そのものを舞台のように演出する、という洞察です。観光客向けに整えられた「昔ながらの町並み」や民家風の施設を思い浮かべればよいです。重要なのは、これを単なる欺瞞と切り捨てないことです。観光とは本物と演出が分かちがたく絡み合う場であり、その絡み合いこそが観光学の研究対象になってきました。

このまなざしの起源として、しばしば18世紀イギリスのピクチャレスク趣味が参照されます。当時の風景愛好家たちはクロード・グラスと呼ばれる黒い凸面鏡を携え、風景に背を向けて立ち、鏡に映る像のほうを鑑賞しました。鏡の中の風景が、理想的風景画の巨匠クロード・ロランの絵のように見えたからです。風景を直接見るのではなく、絵画の様式を通して見る——観光のまなざしの原型がここにあります。

同じ18世紀、イギリスの貴族の子弟がイタリアへ赴くグランドツアーという慣習がありました。彼らはローマやヴェネツィアで古代遺跡と美術を学び、風景画や版画を土産として持ち帰りました。カナレットが描いたヴェネツィアの景観画は、こうした旅行者への売れ筋商品だったと言われています。旅先で「その土地のイメージ」を買って帰るという行動様式は、このころすでに完成していたのです。

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鉄道とポスターが旅を商品に変えた

19世紀後半、鉄道の発達は旅を大衆商品に変え、その販売装置としてポスターが発達しました。鉄道会社は海辺のリゾートや山岳風景を鮮やかなリトグラフで描き、駅に貼り出しました。アール・デコ期のフランスでカッサンドルが手がけた交通ポスターは、その造形性の高さから今日では美術館の収蔵品になっています。旅の広告が、それ自体アートになったのです。

日本では1970年に国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンが始まり、雑誌を片手に地方を旅する若い女性たち——いわゆるアンノン族——の流行を後押ししたとされます。1993年に始まるJR東海の「そうだ 京都、行こう。」は、寺社の一瞬を切り取る写真と語りかけるコピーによって、京都のイメージを30年にわたり再生産し続けています。旅先としての京都は、千年の歴史そのものと同じくらい、こうしたキャンペーンの積み重ねによって作られてきたと言ってよいでしょう。

土産物はポケットに入る記憶装置である

土産は観光イメージのもう一つの担い手です。英語のスーベニアはフランス語の「思い出す」に由来します。ミニチュアの塔、ご当地の菓子、絵はがき——土産物は場所のイメージを圧縮し、持ち帰り可能な形にしたモノです。とりわけ絵はがきは19世紀末から20世紀初頭にかけて世界中で爆発的に普及し、「この場所はこう見るべきだ」という標準的な構図を大量に流通させました。絵はがきの構図は、のちの観光写真の構図を先取りしていたのです。

日本語の「みやげ」は、神社の護符などを収めて持ち帰る「宮笥」に由来するという説があります。伊勢参りの旅人が配り物を携えて帰った伝統からもわかるように、土産は本質的に贈与のメディアです。旅に行かなかった人へイメージのお裾分けをすること——土産物は、旅先のイメージを個人の記憶にとどめず、共同体全体に分配する装置として機能してきました。

SNS時代——写真を撮るために旅をする

現在、観光イメージの生産は旅行者自身の手に移りました。かつて名所絵やポスターの作り手は絵師や広告代理店という専門家でしたが、いまや旅行者の全員が撮影者であり、発信者です。SNSに投稿された一枚の写真が数十万人のまなざしを方向づけ、無名の場所を一夜にして観光地に変えます。観光地の側もこれに適応し、フォトスポットの整備や「映える」空間設計を先回りして行うようになりました。アニメの舞台を訪ねる聖地巡礼——映画「君の名は。」(2016年)に登場する東京の神社の階段に世界中からファンが訪れた現象——も、イメージが旅を駆動する構造の現代版です。

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一方で、誰もが同じ構図を求めて一点に集中することは、オーバーツーリズムという課題を生んでいます。他方、瀬戸内国際芸術祭(2010年開始)や直島のように、現代アートそのものが過疎化の進む地域を「旅先」へと変えた事例は、アートと観光の共犯関係が地域再生の手段にもなりうることを示します。イメージの力は、混雑ももたらせば再生ももたらす、両義的なものなのです。

旅先のイメージを読み解くための視点

  • いま自分が「見たい」と思っている風景を、どのメディアで最初に見たのかを思い出してみます。
  • その観光イメージを作り、流通させているのは誰か——鉄道会社、自治体、プラットフォーム——を考えてみます。
  • カメラのフレームの外側に何があるかを意識的に見ます。住民の生活、観光を支える労働、観光化されない日常です。
  • 「昔ながら」「本場」という本物らしさが、どのように演出・設計されているかを観察します。
  • 自分が投稿する一枚の写真が、次の旅人のまなざしを作ることを自覚します。

広重の版画とスマートフォンの写真は、200年の隔たりを超えて同じ仕事をしています。旅とは、イメージと現実のあいだを往復する営みです。その仕組みを知ることは旅の魅力を損ないません。むしろ、メディアの中の風景と目の前の風景の「ずれ」を味わうという、もう一つの旅の楽しみを開いてくれるはずです。

企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

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