文学と絵画とは何か:物語がイメージになる理由

源氏物語絵巻、『神曲』の挿絵、ラファエル前派の文学画——物語は繰り返し絵になってきました。文学と絵画の相互関係をたどり、言葉がイメージへ、イメージが物語へと変換される仕組みを考えます。

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文学と絵画とは何か:物語がイメージになる理由

1851年から52年にかけて、ロンドンの画家ジョン・エヴァレット・ミレイは、アトリエに置いた浴槽に水を張り、モデルのエリザベス・シダルをドレスのまま横たわらせて絵を描きました。ランプで温めていた湯は制作に没頭するうちに冷え、シダルはひどい風邪をこじらせたと伝えられます。こうして完成した《オフィーリア》は、シェイクスピア「ハムレット」の中でせりふとして語られるだけの場面——狂気のうちに川で溺れゆく娘の死——を、植物学的なまでに精密な花々とともに一枚の絵に定着させました。

興味深いのは、戯曲の中でオフィーリアの死は舞台上で演じられず、王妃ガートルードの報告という「言葉」でしか存在しないことです。つまりミレイは、もともと誰も見ていない場面を描いたのです。言葉しかないところに、なぜ画家はイメージを与えようとするのでしょうか。そして絵になった物語は、なぜしばしば原作より強く記憶に残るのでしょうか。文学と絵画のあいだで数千年続いてきた、この変換の仕組みを考えてみたいです。

「詩は絵のごとく」——エクフラシスという古代からの技法

言葉とイメージの交流は、西洋文学の出発点からすでに始まっています。ホメロスの叙事詩「イリアス」には、鍛冶の神が英雄アキレウスのために作る盾の装飾を延々と描写するくだりがあります。都市の祝祭、戦争、農耕、踊り——盾という一枚の円盤の上に、世界の全体が言葉で「描かれて」いきます。このように美術品を言葉で再現する修辞技法はエクフラシスと呼ばれ、以後、詩人たちが腕を競う伝統になりました。実在しない美術品を言葉が生み出せる以上、言葉は絵の母胎にもなり得ます。

古代ローマの詩人ホラティウスが「詩論」に記した「ウト・ピクトゥラ・ポエシス(詩は絵のように)」という一句は、後世、詩と絵画は姉妹芸術であるという理念の合言葉となりました。ルネサンス以降の画家たちは、聖書や神話や叙事詩という「テクスト」を視覚化することこそ絵画の最高の仕事と考え、歴史画は絵画ジャンルの頂点に置かれました。絵を読み解くために文学の教養が要求されたのであり、絵画は長いあいだ「読む芸術」だったのです。

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レッシングの線引き——時間の芸術と空間の芸術

この蜜月に理論のくさびを打ち込んだのが、18世紀ドイツの批評家レッシングの「ラオコオン」(1766年)です。レッシングは、蛇に絞め殺される父子を刻んだ古代彫刻《ラオコオン》と、同じ場面を歌ったウェルギリウスの詩を比較し、文学は時間の中で継起する行為を語る芸術、絵画・彫刻は空間の中に並存する物体を示す芸術だと論じました。だから絵画が物語を扱うなら、前後の展開を最も豊かに想像させる一瞬——「含蓄に富む瞬間」——を選ばなければならない、と。

この理論は、物語画の見方に今も有効な補助線を引いてくれます。ミレイの《オフィーリア》が描いたのは、まだ歌いながら浮かんでいる、死の直前の宙づりの時間でした。観る者は花々の象徴——ケシは死、スミレは誠実といった花言葉の層——を読みながら、この後に沈んでいく時間を頭の中で再生します。絵は一瞬しか描けないからこそ、観る者の想像の中で前後の物語を上映させる装置になります。レッシングの線引きは、境界であると同時に、両者が互いを必要とする理由の説明でもありました。

源氏物語絵巻——言葉と絵が並走する日本の発明

日本の伝統は、言葉と絵の関係をさらに親密なものにしました。12世紀に制作されたと考えられる国宝「源氏物語絵巻」は、物語の本文を書写した「詞書(ことばがき)」と絵を交互に継いだ絵巻であり、読者は言葉と絵を行き来しながら物語を体験します。建物の屋根を取り払って室内を斜め上から見下ろす「吹抜屋台」、顔の個性を消して「引目鉤鼻」と呼ばれる様式で描かれた人物たちです。写実を捨てたこの抽象化は、特定の誰かではなく、読者それぞれが思い描く光源氏を受け入れるための余白だったとも解釈されています。

絵巻はまた、右から左へ巻き広げていく形式そのものに時間が流れています。一つの画面に同じ人物を複数回描いて時間の経過を表す「異時同図法」も用いられ、レッシングが分けた時間芸術と空間芸術の境界を、絵巻は軽々とまたいでいました。詞書の書、料紙の装飾、絵の三者が一体となった総合芸術としての絵巻は、後の奈良絵本や草双紙、そして言葉と絵がコマの中で協働する現代の漫画にまで連なる、日本の視覚文化の水脈です。

挿絵の黄金時代——ドレ、ビアズリー、そして出版革命

19世紀、印刷技術の発展は文学と絵画の関係を大衆のものにしました。フランスのギュスターヴ・ドレは、ダンテ「神曲」やセルバンテス「ドン・キホーテ」、聖書に壮大な挿絵を付け、多くの読者にとってドレの地獄こそが「神曲」のイメージそのものになりました。世紀末にはオーブリー・ビアズリーがワイルドの戯曲「サロメ」に妖艶な白黒の挿絵を与え、挿絵が原作と拮抗する独立した芸術でありうることを示しました。ラファエル前派の画家たちがシェイクスピアやテニスンの詩に取材し続けたのも、この文学熱の時代の産物です。

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なかでもテニスンの詩「シャロットの女」は、ヴィクトリア朝の画家たちが繰り返し描いた主題でした。塔に幽閉され、鏡に映る世界を織物に写すことしか許されない女が、騎士ランスロットの姿を見て禁を破り、直接世界を見てしまう——ウォーターハウスが1888年に描いた、小舟で川を下る女の像はあまりに有名です。鏡越しの世界とじかに見る世界、写すことと生きることの相克というこの物語自体が、イメージを作る者の運命の寓話として読めることも、画家たちを惹きつけた理由だと言われます。

挿絵の力は、時に言葉を上書きするほど強いです。ダンテが言葉で築いた地獄よりドレの版画が、キャロルの「不思議の国のアリス」よりテニエルの挿絵のアリスが、後世のイメージを支配してきました。イメージは一瞬で伝わり、忘れがたく、そして原作を読んだことのない人にまで届きます。物語が絵になるとは、作品が作者の手を離れ、視覚文化という広い水域へ流れ出すことなのです。

物語とイメージの往復——絵から生まれる言葉へ

変換は一方通行ではありません。一枚の絵が言葉を生む逆流も、文学史には絶えず流れています。フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》から小説と映画が生まれ、ブリューゲルやホッパーの絵は無数の詩や物語を触発してきました。日本でも芥川龍之介が「地獄変」で、絵のために娘を犠牲にする絵師の狂気を描いたように、「絵を描くこと」自体が物語の主題になってきました。エクフラシスの伝統は現代の小説や詩の中でも更新され続けており、美術館を舞台にした小説や、実在の名画をめぐるミステリーの隆盛は、言葉がイメージを欲望し続けている証拠です。物語は絵を生み、絵はまた物語を生みます。この循環こそ、二つの芸術の関係の本体だと言ってよいでしょう。

物語画を「読む」ための4つの視点

  • 描かれた「瞬間」を特定する——物語画を見たら、原作のどの一瞬が選ばれたのかを考えます。その選択にこそ画家の解釈が凝縮されています。
  • 描かれていないものを探す——原作にあって絵にない要素、絵にあって原作にない要素の差分が、画家の批評眼を教えてくれます。
  • 言葉と絵の配置を見る——絵巻や絵本や漫画では、テクストがどこに置かれ、どんな書体かまでが表現の一部です。
  • 自分の中のイメージと比べる——読書中に思い描いた場面と画家の解釈を比べれば、鑑賞は画家との対話になります。

言葉は見えないものを語れますが、一瞬では伝わりません。絵は一瞬で伝わりますが、時間を語るには観る者の協力がいます。文学と絵画は、この互いの欠落を埋め合いながら、数千年にわたって物語を運んできました。次に物語画の前に立つときは、そこに描かれなかった前後の時間まで含めて、一枚の絵を「読んで」みてほしいです。

企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

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