保健体育と美意識とは何か:姿勢、運動、公共性を考える

姿勢や運動習慣は、個人の健康であると同時に社会の関心事でもありました。ラジオ体操の様式美、体育の歴史、身体をめぐる公共性——保健体育という身近な領域を美意識の視点から読み直します。

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保健体育と美意識とは何か:姿勢、運動、公共性を考える

夏の朝、公園に人が集まります。あの聞き慣れたピアノの旋律が流れ出すと、老人も子どもも、示し合わせたわけでもないのに同じ動きを始めます。腕を大きく振り、身体を横に曲げ、その場で跳ねます。ラジオ体操です。数十人がぴたりと揃って動くその光景には、奇妙な様式美があります。誰も芸術のつもりでやっていません。健康のための運動にすぎません。それなのに、無数の身体が一つのリズムで動くさまは、見る者に不思議な高揚と秩序の感覚を与えます。

保健体育は、学校の時間割のなかでもっとも身近な科目のひとつです。走り、跳び、姿勢を正し、健康について学びます。あまりに日常的で、そこに美意識や思想が関わっているとは考えにくいです。しかし、姿勢や運動習慣は、じつは長いあいだ、個人の問題であると同時に社会の関心事でもありました。どんな身体が「望ましい」とされるのでしょうか。その基準は、時代の価値観と分かちがたく結びついてきました。

この記事では、ラジオ体操のような集団運動の様式美を入り口に、体育がなぜ生まれたのか、姿勢がなぜ社会の関心事になったのかを、美意識と公共性の視点から読み直していきます。身近すぎて見過ごしてきた領域に、思いのほか深い問いが潜んでいます。

揃った身体はなぜ美しく見えるのか

大勢が同じ動きを同時に行う——マスゲームや集団体操が生み出すこの光景には、独特の視覚的な力があります。一人ひとりの動きは単純でも、それが数十、数百と重なり合うと、幾何学模様のような全体が立ち現れます。個の身体が溶け合い、大きな一つの形になります。

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この揃った身体の美は、古くから人々を惹きつけてきました。同時に、それは扱いに注意を要する美でもあります。個人が全体に同調していく美しさは、集団への帰属の心地よさと表裏一体だからです。歴史のなかで、統一された身体の運動が国家の力を誇示する舞台に用いられた例は少なくありません。揃うことの快さは、規律に従うことの快さでもあります。ラジオ体操の朝の風景が持つ穏やかな秩序感の背後には、身体を同調させることをめぐる、もっと大きな問いが控えています。それでも、朝の公園で見知らぬ者同士が同じ動きを共有するあの光景には、強制とは違う、ゆるやかな連帯の温かさもあります。揃うことの意味は一つではありません。同じ集団体操が、抑圧の道具にも、共同体をつなぐ営みにもなり得ます。その両義性こそ、身体をめぐる美を考えるうえで見逃せない点です。

体育はなぜ国家の関心事になったのか

そもそも、なぜ社会は人々の運動を教育しようとしたのでしょうか。体育が制度として整えられていく背景には、近代国家の切実な事情がありました。19世紀のヨーロッパでは、健康で規律ある身体を育てることが、強い軍隊と勤勉な労働力を確保する手段と考えられました。

体操の体系も各地で工夫されました。姿勢の矯正と健康増進を重んじる流れもあれば、器具を用いた鍛錬を重んじる流れもありました。いずれにせよ共通していたのは、個人の身体を、社会にとって望ましい形へと整えるという発想です。日本でも近代化の過程で学校体育が導入され、行進や整列、号令に合わせた運動が取り入れられていきました。号令に合わせて一斉に動く訓練は、単に体を鍛えるだけでなく、集団のなかで規律に従う身体を育てる場でもありました。ここで身体は、単に自分のものではなく、社会に管理され、育てられる対象になりました。保健体育という科目の底には、この「公共の身体」という考え方が流れています。私たちが今日、当たり前のように受け入れている整列や体操の様式は、こうした近代の身体観の名残なのです。

正しい姿勢という思想

背筋を伸ばしなさい——子どもの頃、誰もが言われたこの言葉には、単なる健康以上の意味が込められています。姿勢は古来、その人の内面や品格を映すものと見なされてきました。まっすぐな背筋は、まっすぐな心の表れとされたのです。

姿勢を正すことは、身体を通じて精神を整えるという発想と結びついてきました。武道や礼法における立ち居振る舞い、椅子に座る作法、お辞儀の角度——これらはすべて、身体の形を通して内面や社会関係を表現する様式でした。近代の学校教育は、この姿勢への関心を、健康と規律という新しい言葉で語り直しました。良い姿勢は健康であり、健康は良い市民の条件である、と。姿勢という一見中立な事柄が、じつは何が望ましい人間かという価値観と深く結びついていることが見えてきます。

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「健康であること」が美になるとき

保健体育のもう半分、保健の領域も、美意識と無縁ではありません。近代以降、健康はそれ自体が「美しい」とされる価値になっていきました。日焼けした肌、引き締まった体つき、はつらつとした表情——こうした健康を思わせる身体像が、望ましい美のモデルとして広く共有されるようになります。かつて上流階級の理想が青白く華奢な身体だったことを思えば、これは価値観の大きな転換でした。

この「健康美」の理想は、身体を測り、比べ、管理する近代的なまなざしと歩みをともにしてきました。身長や体重を測定し、標準と照らし合わせます。健康の度合いが数値で示され、望ましい範囲が定められます。ここでも身体は、個人のものであると同時に、社会が管理し評価する対象になっています。健康を美とみなす感覚は、心地よく自然に見えて、じつは「標準的で管理された身体こそ望ましい」という近代の価値観を、美の言葉でそっと語り直したものでもあるのです。

身体をめぐる公共性を問い直す

管理され、整えられてきた身体を、あらためて自分の手に取り戻そうとする動きも生まれてきました。現代のアーティストやダンサーのなかには、揃った身体や規律化された運動を、あえて主題として取り上げる者がいます。

たとえば、あえて動きを揃えないこと、命令に従わない身体の在り方を舞台に乗せることは、「望ましい身体」という規範そのものへの問いかけになります。集団で同じ動きをすることの美しさと不気味さを、両方さらけ出す試みもあります。ここで保健体育は、単なる健康の技術ではなく、身体をめぐる公共性の問題として立ち現れます。誰の身体が標準とされ、誰が「正しくない」とされるのでしょうか。障がいのある身体、標準から外れた身体をどう位置づけるのでしょうか。身近な運動の背後には、こうした問いが折り重なっています。

保健体育を美意識の視点で見直す視点

  • 揃うことの快さを疑います。集団運動の美しさを感じたとき、その心地よさが同調の快さと結びついていることを意識してみます。
  • 身体に向けられた基準を探ります。「良い姿勢」「健康な身体」という言葉の背後に、どんな社会の期待が込められているかを問います。
  • 運動の様式に注目します。行進、体操、整列——形式化された動きには、その時代の秩序観が刻まれています。
  • 標準から外れた身体を思います。標準的な身体を前提にした運動や施設が、誰を含み、誰を排除しているかを考えます。
  • 身近さの奥を覗きます。あまりに日常的で見過ごしてきた運動習慣にこそ、身体をめぐる思想が沈んでいます。

保健体育は、健康と運動を教える実用の科目に見えて、じつは「どんな身体が望ましいのか」という価値観を静かに伝える場でもありました。ラジオ体操の揃った動きの美しさも、姿勢を正すという教えも、その根には身体をめぐる社会の眼差しがあります。それを美意識と公共性の問題として見直すことは、自分の身体との付き合い方を、少し自由にしてくれるかもしれません。

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企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

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