舞踊学とは何か:踊りが祈りと祝祭になる理由

人はなぜ踊るのでしょうか。雨乞いの儀礼から宮廷バレエ、盆踊り、コンテンポラリーダンスまで——舞踊学の視点で「踊る身体」の歴史をたどり、ダンスが祈りと祝祭の中心にあり続ける理由を読み解きます。

Updated 

16人の芸術家Artist Type — アーティスト診断

あなたの中に、どの芸術家がいる?

12の質問で、あなたをつくる3人の芸術家がわかる。約3分。

舞踊学とは何か:踊りが祈りと祝祭になる理由

夏の夜、櫓を囲んで人々が同じ振りを繰り返します。太鼓が拍を刻み、輪はゆっくりと回り続けます。盆踊りのこの光景を、私たちは娯楽として眺めます。しかし、その起源をたどれば、これは死者を迎え、送るための宗教的な所作でした。念仏を唱えながら踊る中世の踊りが各地の風習と結びつき、やがて祖先の霊とともに一夜を過ごす祝祭になっていきました。踊る足は、この世とあの世の境目を踏んでいたのです。

人はなぜ踊るのでしょうか。この素朴な問いは、言葉で答えるのが意外に難しいです。走るのは移動のため、食べるのは生きるためです。しかし、踊りには、直接の実用がありません。にもかかわらず、記録の残るほとんどすべての社会が、独自の踊りを持っていました。舞踊学は、この「役に立たないのに普遍的な」人間の営みを、歴史・宗教・身体という複数の角度から研究する分野です。

踊りを解く鍵は、それが最初から祈りと祝祭の中心にあったという事実にあります。以下では、雨を乞う儀礼から王が主役を演じた宮廷バレエ、そして現代の舞台まで、踊る身体がたどってきた道筋を追っていきます。

踊りは言葉より古い祈りだった

文字も国家もなかった時代、人間はすでに踊っていました。世界各地の岩絵には、手足を広げて踊るような人影が残されています。踊りは、言葉が届かない相手——自然や神や死者——と交わるための、もっとも古い手段のひとつだったと考えられています。

PRデザインや表現を自分の手で試したい方へAdobe Creative Cloud

雨を求めて大地を踏み、豊猟を願って獣の動きを真似ます。こうした模倣の踊りには、望むものを身体で先取りすれば、それが現実になるという発想が働いています。人類学ではこれを類感呪術と呼ぶことがあります。重要なのは、ここで踊りが「表現」ではなく「行為」だったという点です。誰かに見せるためではなく、世界に働きかけるために踊ります。舞踊の根には、この能動的な祈りがあります。

踊りが儀礼の中心に据えられたのには、身体が持つ独特の説得力も関わっています。言葉は嘘をつけますが、汗を流し、息を切らして踊る身体は、そこに「本気」を刻みます。豊作を願い、死者を悼み、成人を祝う——共同体にとって大切な節目には、必ずといってよいほど踊りが伴いました。踊ることは、その出来事が本当に起きたのだと、身体の記憶に刻みつける手続きでもあったのです。

トランスへ入る身体

儀礼の踊りには、しばしば同じ動きの反復と、太鼓や歌の単調な繰り返しがともないます。長時間続けられるその反復は、踊り手を通常とは違う意識状態へ導くことがあります。世界各地で報告されてきた憑依や脱魂の踊りは、日常の自我をいったん手放し、神霊が身体に降りる、あるいは魂が身体を離れるといった体験と結びついてきました。

ここに舞踊のもうひとつの本質があります。踊りは、個人を集団の熱狂へ、そして人間を超えた何かへと接続する装置になり得ます。近代以降のダンスが失いがちだったこの脱自己の感覚は、じつは踊りのもっとも根源的な力でした。現代のクラブやフェスで人々が我を忘れて身体を揺らすとき、その底には数万年前と地続きの衝動が流れています。踊りが「見るもの」である以前に「なるもの」——別の状態へと変身する手段だったことを、この事実は思い出させてくれます。個人の輪郭がほどけ、集団の律動に溶けていく体験は、危うさと解放を同時にはらんでいます。踊りをめぐる歴史は、この危うい力をどう飼いならし、どう祝祭へと昇華するかの工夫の歴史でもありました。

王が太陽を演じた宮廷バレエ

祈りとしての踊りは、やがて権力と美の様式へと姿を変えます。その象徴が、ヨーロッパの宮廷で発達したバレエです。ルネサンス期のイタリアの宮廷舞踏がフランスへ渡り、17世紀には壮大な宮廷バレエとして花開きました。

PR移動中や作業中に本を聴きたい方へAmazonのオーディオブックAudible

なかでも知られるのが、フランス国王ルイ14世です。若き王はみずから舞台に立ち、太陽神アポロンを踊ったと伝えられ、そこから「太陽王」の異名が生まれたとも言われます。王が踊るということは、単なる趣味ではありませんでした。整然と統御された身体は、秩序ある国家そのものの表現でした。誰よりも美しく、誰よりも中心で踊ることが、支配の正統性を可視化したのです。宮廷では、足の運びや腕の角度が細かく定められ、踊りは学ぶべき教養となりました。優雅に踊れることは、洗練された宮廷人の証しであり、身分と品格の言語でもありました。バレエはやがて専門家の芸術として制度化され、宮廷の祝祭は劇場の舞台へと移っていきます。祈りから始まった踊りは、ここで見せるための芸術へと大きく舵を切りました。踊る主役は神々や共同体から、訓練された身体を持つ専門家へと移っていったのです。

動きを記録するという難問

絵は残り、音は録音できます。しかし、踊りは、踊り終えた瞬間に消えてしまいます。この儚さこそ、舞踊学が長く格闘してきた難問でした。動きをどう記録し、後世に伝えますか。

20世紀には、踊りの動きを記号で書き記す記譜法が考案されました。身体のどの部分が、どの方向へ、どのタイミングで動くかを図式化するその試みは、消えゆく踊りを楽譜のように保存しようとするものでした。今日では映像が記録の主役ですが、それでも一度きりの舞台の「気配」までは残せません。踊りを研究するとは、本質的に消えゆくものを追う営みなのです。だからこそ舞踊学は、動きそのものだけでなく、それを取り巻く儀礼・音楽・共同体の記憶まで含めて、踊りを丸ごと捉えようとします。

コンテンポラリーダンスが祈りを取り戻す

洗練を極めた劇場の踊りは、やがて反動を生みました。20世紀に入ると、型にはまった様式を脱ぎ捨て、より根源的な身体へ立ち返ろうとする動きが各地で起こります。トウシューズを脱いで裸足で踊る、美しさより内面の衝動を優先する、大地に倒れ込むような動きを取り入れる——こうした試みは、いずれもバレエが磨き上げた「見せる技巧」への問い直しでした。

日本で生まれた前衛舞踊のなかには、白塗りの身体で極端にゆっくりと動き、生と死のあわいを表現しようとする流れもありました。それは西洋のダンスの模倣ではなく、身体の奥底にある根源的なものへ降りていく試みでした。興味深いのは、こうした最先端の表現が、しばしば儀礼や祝祭の踊りが持っていた力——脱自己、大地との交わり、目に見えないものへの接近——を、意識的に取り戻そうとしていることです。踊りは、いちど手放した祈りの次元へ、螺旋を描いて回帰しようとしています。

PR暮らしの中のものを次の誰かへ渡したい方へメルカリ

踊る身体を読み解くための視点

  • 誰に向けて踊っているかを見ます。神に捧げる踊りと、観客に見せる踊りとでは、身体の向きも意味も根本的に異なります。
  • 反復のリズムに注目します。同じ動きの繰り返しは、単調さではなく、意識を変える儀礼の技法であることが多いです。
  • 踊りと権力の関係を疑います。誰が中心で踊り、誰が周縁に置かれますか。舞台の配置には、しばしば社会の秩序が映ります。
  • 消えることを前提に味わいます。一度きりで消える儚さは、踊りの欠点ではなく、その芸術としての核心です。
  • 祝祭の全体を感じ取ります。音・光・衣装・場所を含めた総合体験として、踊りは初めて本来の力を発揮します。

盆踊りの輪も、宮廷の壮麗なバレエも、根はひとつの衝動につながっています。身体を動かすことで、人は日常を超え、他者とつながり、目に見えないものへ手を伸ばそうとします。祈りから祝祭へ、祝祭から芸術へと姿を変えながらも、踊りはこの根源の衝動を手放したことがありません。舞踊学が明らかにしてきたのは、踊りが余暇の飾りではなく、人間が世界と関わるもっとも古い方法のひとつだという事実です。次に祭りの輪や舞台の踊り手を目にしたら、その足取りの下に、数万年の祈りが積み重なっていることを思い出してほしいです。私たち自身の身体もまた、その長い記憶を受け継いでいます。

企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

Follow Me:

この記事には広告リンクが含まれます。NACK Journalでは、記事内容や読者の関心に近い商品・サービスを掲載しています。

Related Stories

印象派とは?1874年の独立展、光と筆触、主要画家を解説
Art / History / Philosophy

印象派とは?1874年の独立展、光と筆触、主要画家を解説

印象派とは、1874年にパリで独立展を開いた多様な画家たちを起点に語られる美術運動です。モネ、モリゾ、ドガ、ピサロらは同じ様式で統一されていたわけではありません。サロン外の展示、近代都市、屋外制作、可視的な筆触、浮世絵や写真との関係から、光だけに還元できない印象派の特徴を解説します。

Read
彫刻とは何か:石と身体から、空間・インスタレーションへ
Art / History / Body / Architecture

彫刻とは何か:石と身体から、空間・インスタレーションへ

彫刻とは、素材に形を与え、現実の空間に、量、表面、重さ、空洞、距離を作る表現です。石や木を彫る像だけでなく、粘土を盛る、金属を鋳造・溶接する、既製品を組む、土地を動かす、光や音で空間を構成する実践まで含みます。歴史を通して変わったのは素材だけではありません。身体を表す物から、見る人の身体と場所の関係を作る作品へ、彫刻の重心が広がりました。

Read
抽象絵画とは何か:カンディンスキー、モンドリアン、ポロック、ロスコの違い
Art / History / Philosophy

抽象絵画とは何か:カンディンスキー、モンドリアン、ポロック、ロスコの違い

抽象絵画とは、目に見える人物や風景をそのまま再現することを主目的にせず、色、線、形、絵具の動き、画面の大きさを表現の中心にする絵画です。ただし抽象は一つの様式ではありません。カンディンスキーは色と形の響き、モンドリアンは関係の均衡、ポロックは描く行為、ロスコは色面に向き合う身体的な経験を追究しました。四人の違いが分かれば、「何が描いてあるか」以外の見方が持てます。

Read