1936年、スペイン・グラナダのアルハンブラ宮殿を再訪したオランダの版画家マウリッツ・エッシャーは、妻とともに何日もかけて壁面のタイル模様を模写しました。イスラム王朝が残したこの宮殿の壁は、星形や多角形のタイルが一分の隙もなく組み合い、どこまでも続いていくかのような文様で埋め尽くされています。この体験がエッシャーを平面の正則分割、すなわち図形による平面の敷き詰めの探究へと駆り立て、鳥と魚が入れ替わりながら画面を埋める、あの有名な版画群が生まれていくことになります。
興味深いのは、グラナダの職人とオランダの版画家が、時代も宗教も隔てて同じ問題に取り組んでいたことです。すなわち、限られた平面を図形で隙間なく埋め、しかも見る者に「これは無限に続く」と感じさせるにはどうすればよいですか。そしてこの問題には、数学という共通の答えがありました。幾何学模様が世界中の文化で驚くほど似た構造を持つのは、模様というものが従わざるをえない数理的な制約と可能性を、各文化がそれぞれに発見してきたからです。
模様の文法:対称性という数学
幾何学模様の背後にある数学の中心概念は、対称性です。ある操作をしても全体の見え方が変わらないとき、その図形は対称性を持つといいます。模様に使える基本操作は、ずらす(並進)、回す(回転)、鏡に映す(鏡映)、そして映してからずらす(映進)の四種類しかありません。壁紙のように平面全体を埋める繰り返し模様は、この四操作の組み合わせによって分類でき、数学的にありうる型は正確に17種類であることが、19世紀末に結晶学者フョードロフによって証明されています。
同じ理屈は、着物の帯や建物の欄干のような一方向にだけ延びる帯状の模様にも適用でき、こちらは数学的に7種類に分類されることが知られています。つまり、人類がどれほど多様な文様を生み出そうと、その繰り返しの骨格は、帯なら7種類、平面なら17種類の対称性のどれかに必ず収まります。装飾の無限の多様性が、有限の文法の上に成り立っているのです。そしてアルハンブラ宮殿の壁面には、この17種類のうちの大半が実現されていると分析されてきました。定理の証明より何世紀も前に、職人たちは手を動かしながら数学の可能性を汲み尽くしていたことになります。
PRデザインや表現を自分の手で試したい方へ:Adobe Creative Cloudアラベスクはなぜ無限を目指すのか:イスラム美術の幾何学
イスラム美術で幾何学文様が高度に発達した背景には、宗教的な事情があるとされます。神や人物の姿を描くことを避ける傾向の中で、装飾のエネルギーは植物文様、カリグラフィー、そして幾何学文様に注がれました。とりわけ幾何学文様は、始まりも終わりもなく増殖していく構造によって、無限なる神の秩序を暗示する視覚言語となりました。コンパスと定規だけから立ち上がる星形多角形の網目は、有限の壁面に無限を宿らせる装置です。
その到達点の高さを示す研究があります。2000年代、物理学者らはイランの建築装飾に使われた「ギリー」と呼ばれる文様の一部が、周期的な繰り返しを持たない高度なパターン、いわゆる準周期的な構造に迫っていたとする分析を科学誌に発表し、大きな話題を呼びました。これは20世紀の数学者ロジャー・ペンローズが考案した非周期タイルに通じる構造です。解釈には議論もありますが、中世の職人たちの幾何学的実践が、現代数学の最前線と響き合う水準にあったことは確かでしょう。
青海波と麻の葉:和柄の数理と祈り
日本の伝統文様もまた、幾何学の宝庫です。同心円の弧を鱗のように重ねた青海波は、無限に続く穏やかな波に平安への願いを重ねた文様とされ、雅楽の演目名にも由来を持ちます。正六角形を基礎に線を走らせた麻の葉は、すくすくと育つ麻にあやかって子どもの産着に好んで使われました。正方形を互い違いに並べた市松、円を四分の一ずつ重ねた七宝――いずれも並進と回転の対称性で平面を律義に埋めていく、教科書のような繰り返し文様です。
注目したいのは、和柄において幾何学的な無限反復が、繁栄や長寿など「途切れないこと」への祈りと結びついてきた点です。文様の数理的性質である無限性が、そのまま吉祥の意味論に転写されています。イスラムのアラベスクが神の無限を指し示したように、和柄は暮らしの中の永続を願いました。抽象的な構造に意味を託すこの回路は、文化を越えて共通しています。幾何学模様が単なる飾りではなく、世界観の図式である理由がここにあります。
エッシャーの挑戦:芸術家が数学者と出会うとき
アルハンブラから帰ったエッシャーは、対称性の理論を独学し、単なる多角形ではなく、鳥、魚、トカゲといった具象的な形で平面を埋め尽くす技法を体系化していきました。彼の作品では、空を飛ぶ鳥の隙間がそのまま魚の形になり、地と図が反転しながら画面が変容していきます。図形が意味を持つ形へと崩れず変形し続けるためには、対称性の制約を保ったまま輪郭を調整するという、職人的としか言いようのない試行錯誤が必要でした。エッシャーのノートには、17種類の対称性を自分なりに整理し直した独自の記号体系が残されていることが知られています。数学者たちはやがてエッシャーの仕事に注目し、彼は国際数学者会議に招かれて図版が紹介されるなど、科学者たちとの交流を深めていきました。
PR移動中や作業中に本を聴きたい方へ:AmazonのオーディオブックAudible中でも実り豊かだったのが、幾何学者コクセターとの文通です。エッシャーはコクセターの論文に載っていた双曲幾何の円板モデルの図に触発され、円の縁に近づくほど図形が小さくなりながら無限に続く《円の極限》の連作を生み出しました。有限の円の中に文字通り無限個の図形が収まるこの構造は、非ユークリッド幾何学の視覚化そのものです。エッシャー自身は数学の正規教育をほとんど受けていませんでしたが、図形への執念だけで最先端の数学と並走してみせました。
敷き詰めの科学:蜂の巣から準結晶へ
平面の敷き詰め(テセレーション)は、自然界の設計原理でもあります。蜂の巣の正六角形は、一定の面積を囲む仕切りの総延長が最小になる形であり、この直感的な事実は1990年代末になってようやく数学的に証明されました。雪の結晶の六回対称、鉱物の結晶面、亀の甲羅――自然は材料とエネルギーの制約の中で、繰り返し構造を選び取ります。人間の文様が自然の形と似るのは、両者が同じ幾何学的制約の下で最適解を探しているからだともいえます。
一方、20世紀の数学は繰り返さない敷き詰めを発見しました。ペンローズが1970年代に示した二種類のひし形によるタイル貼りは、平面を隙間なく埋めるのに周期的な繰り返しを決して持ちません。さらに1980年代、周期性を持たないのに規則的な原子配列を持つ準結晶が実際の合金で発見され、発見者シェヒトマンは後にノーベル化学賞を受けました。無限に広がるが二度と同じ配置を繰り返さない――秩序と非反復が両立するこの構造は、模様の数学に新しい章を開き、建築の外装デザインなどにも応用され始めています。
幾何学模様を読み解くための視点
- 模様を見たら、まず最小単位を探します。どの図形が、どの操作(ずらし・回転・鏡映)で増えているかを目で追ってみます。
- 線を指でたどってみます。アラベスクや組紐文様では、一本の線がどこまでも続いていく構造そのものが主題です。
- 文様の名前と意味を調べます。青海波や麻の葉のように、構造と祈りがセットになっている例は多いです。
- 隙間、つまり地の形を見ます。エッシャーが示したように、図の背後の余白もまた図形です。
- 街のタイル、風呂敷、駅の床にも17種類の文法は潜んでいます。美術館の外でこそ、模様の数学は見つけやすいです。
幾何学模様は、数学がまだ数式を持たなかった時代から、人類が手で考えてきた数学です。壁を埋める星形の網目にも、産着の麻の葉にも、有限の場所に無限を呼び込もうとする同じ意志が働いています。次に繰り返し模様に出会ったら、少しだけ立ち止まってほしいです。そこにあるのは装飾である以上に、無限についての、とびきり古い思索なのですから。
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