ザハ・ハディッド:パラメトリックが解放した建築の未来

直線に縛られない曲面、流れる床、宙へ伸びる構造——ザハ・ハディッドは、図面の中の「建てられない建築」をデジタル設計と技術によって実現しました。2004年に女性として初めてプリツカー賞を受賞した建築家の革新と、その評価をたどります。

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ザハ・ハディッド:パラメトリックが解放した建築の未来

パラメトリックが解放した建築の未来

ザハ・ハディッド(1950〜2016年)の建築は、直線と直角を崩し、曲面や斜線が連続する空間をつくります。初期の鋭く分解された構成から、後期の流動的な曲面まで、建築が静止した箱であるという常識を揺さぶりました。

バグダッドに生まれたハディッドは、ロンドンのAAスクールで学び、1979年に自身の事務所を設立しました。大胆な設計案は長く「実現不可能」と見なされ、多くのコンペで勝ちながら建設されない時期が続きました。それでも、絵画的な図面と研究を通じて空間の可能性を押し広げました。

デジタル設計の先駆者として

デジタル設計と建築の革命

ザハは1990年代から、コンピューター支援設計(CAD/CAM)の進化を活用して、従来の建設技術では不可能だった形態の建築を実現しました。

デジタル技術は、複雑な曲面の形状、構造、外装部材を数値として連携させることを可能にしました。敷地、人の流れ、構造条件など複数の要素を調整しながら形をつくる設計手法が、ハディッドの流動的な建築を支えました。

主要作品

MAXXI(ローマ、2009年)——国立21世紀美術館の建物は、帯のような壁と階段が交差し、都市の流れを内部へ引き込みます。展示室、通路、吹き抜けの境界が連続的に変化します。

ヘイダル・アリエフ・センター(バクー、2012年)——地面から立ち上がる白い曲面が、屋根と壁を切れ目なくつなぎます。アゼルバイジャンの首都で、ホール、博物館、展示空間を収める文化施設です。

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よくある質問(FAQ)

ザハ・ハディッドの設計はなぜ長く実現が難しかったのですか?

初期の設計は形状も構造も複雑で、当時の施工技術や予算では実現が難しいものが多くありました。女性であり、イラク出身だった彼女が、男性中心の建築界で偏見に直面したことも指摘されています。

ザハ・ハディッドはなぜ「解体主義建築家」と呼ばれますか?

1980年代の初期作品が、断片化した形、斜めの軸、安定した構図を崩す表現を用いたためです。1988年のMoMA展「Deconstructivist Architecture」に選ばれ、解体主義建築を代表する一人と見なされました。ただし、後期の流動的な作品はその枠だけでは説明できません。

ザハ・ハディッドの作品はどこで見られますか?

ローマのMAXXI、ロンドン・アクアティクス・センター、バクーのヘイダル・アリエフ・センター、広州大劇院などが知られています。日本では、東京国立競技場の当初案が選ばれましたが、のちに撤回され実現しませんでした。

ザハの死後、彼女の建築事務所はどうなっていますか?

パトリック・シューマッハーが主導するザハ・ハディッド建築事務所は忠実に彼女の哲学を継承して活動しています。

ザハ・ハディッドとプリツカー賞の関係は?

2004年に建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を歴史上初めて女性建築家として受賞しました。

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EDITORIAL PROFILE

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間携わった後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解くNACK Journal / Timesを企画・編集している。

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