僕が買っているのは、古いガラスだけじゃない。
北欧ヴィンテージから、自由・経済・文化の持続性を考える。

1.古いガラスの向こうに、誰かの暮らしがある
僕は北欧のヴィンテージが好きだ。イッタラのガラスやスーホルムの陶器。形や色が気になると、誰が、どこで、どういう時代につくったのかまで知りたくなる。
きれいだから欲しい。それが最初の理由でいい。でも、調べるほど、ものの見え方が変わってくる。素材のこと、工場のこと、つくった人のこと。その国が、どんな暮らしを目指していたのかということ。
遠い国でつくられたものが、時間を越えて京都の僕の生活に入ってくる。今でも使えるし、見ていてうれしい。よく考えたら、不思議なことだと思う。
僕が買っているのは、古いガラスだけじゃない。その形に残っている、誰かの判断にも惹かれているのだと思う。
楽待で経済学者の柿埜真吾さんを知ったことをきっかけに、自由や経済について考えていた。すると、いつの間にか、好きな器の話につながってきた。
経済の話は、僕の生活からそんなに遠くない。
2.何に価値があるかは、自分で決めたい
柿埜さんは、哲学を学び、経済学へ進んだ人だ。本人のインタビューでは、人間の多様性を尊重する自由主義への共感と、市場経済を制度によって改善する考え方を語っている。学習院大学のインタビュー(外部サイトを新しいタブで開く)
僕が共感するのは、一人ひとりが自分で価値を選べることを大切にする、その部分だ。
ここからは僕なりの解釈になる。
古いガラスも、民芸も、シンセサイザーも、興味がない人からすれば「それ、必要?」と思うかもしれない。でも、僕には必要なのだ。便利さだけでは説明できないし、他のもので代わりが利くとも限らない。
自分には分からない価値を、他の誰かが見つけている。その余地がある社会で暮らしたい。
同時に、今は買い手がいないものにも、残したいものはある。まだ知られていない作品や、時間がたってから良さが分かる道具もあるはずだ。
自分で価値を選ぶ自由と、未来の誰かが価値を見つけられる余地。その両方を残したい。
僕の関心は、ここにある。市場を大切にすることと、今の売上だけで価値を決めないことは、僕の中では両立している。
3.ローマの彫刻も、銀行の信用も、社会の中で生まれた
少し遠くまでたどってみる。
古代ローマでは、皇帝が芸術を支援し、都市の建設や公共事業を進めた。美術の技術が、王朝の軍事的な功績を称えるために使われた例もある。美しいものは、政治やお金から切り離された場所だけで生まれてきたわけではない。メトロポリタン美術館(外部サイトを新しいタブで開く)
誰がつくらせ、誰に見せ、何を記憶させたかったのか。そう考えると、彫刻の見え方も変わる。
近代の金融へ目を移すと、ロスチャイルド家の兄弟が交わした大量の書簡が残っている。そこから考えたいのは、離れた場所にいる相手と、どう情報を共有し、信頼して取引したのかということだ。ロスチャイルド文書館(外部サイトを新しいタブで開く)
ただし、一つの銀行家一族の歴史を、ユダヤ人全体の性質へ広げることはできない。中世ヨーロッパではキリスト教徒の商人や金融家も大きな役割を担い、ユダヤ人の暮らしや職業も多様だった。ワシントン大学の解説(外部サイトを新しいタブで開く)
英国の金融も、「アングロサクソンだから」という説明で終わらせず、制度の歴史として見たい。イングランド銀行は1694年、政府の銀行として設立された。お金を集める仕組みと、国家の活動は深く結びついている。イングランド銀行の歴史(外部サイトを新しいタブで開く)
民族、宗教、国家、一族。これらは同じ単位ではない。宗教についても、僕が知りたいのは「何を正しい利益と考え、誰を助け、誰を仲間として扱ったのか」だ。それが法律や取引の習慣とどう関わったのかを、具体的に見たい。
そして歴史には、文化が育つ話だけでなく、人々の生活と文化が破壊された話もある。ナチ体制によるユダヤ人の迫害と虐殺を、金融の利害だけで説明することはできない。そこでは人種主義と国家による組織的な暴力が、無数の人生を奪った。米国ホロコースト記念博物館(外部サイトを新しいタブで開く)
僕は民族ごとの性格を決めたいのではない。人が何を信じ、何を許され、どんな条件の中で生きていたのかを知りたい。その先に、残ったものと、残せなかったものがある。
4.フィンランドは、不足の中から世界へ届けた
その視点で見ると、北欧のデザインがますます面白くなる。
北欧をひとまとめにして「敗戦からデザインで復興した」と言うのは正確ではない。ここでは、戦後にソ連への賠償を負ったフィンランドの話をしたい。
賠償に対応するため、フィンランドでは造船や金属産業の生産体制が大きく変わった。国の復興を、ガラスや家具だけで説明することはできない。フィンランド政府(外部サイトを新しいタブで開く)
その一方で、1951年のミラノ・トリエンナーレは、フィンランドのデザインが国際的に評価される転機になった。ガラスや陶磁器を多く含む展示は、国と民間企業の支援で実現した。Design Forum Finland(外部サイトを新しいタブで開く)
僕が惹かれたのは、展示を手がけたタピオ・ヴィルカラが、簡潔な表現を、戦後の不足を覆うための方法でもあったと説明していることだ。
十分にない。それでも、どう見せるかを考える。素材と技術を使い、形にして、世界へ届ける。
ここからは僕の受け取り方だけれど、デザインには、置かれた条件を表現へ変える力があるのだと思う。
しかも、個人の才能だけで届いたわけではない。工場があり、資金を出す人がいて、展示を組み立て、海外へ伝える人がいた。
好きなものをつくる自由を、社会に届く仕事へ育てる。その間にも、デザインがある。
今、僕が手にする古いガラスの向こうにも、そんな仕事の積み重ねがあるのかもしれない。そう思うと、また調べたくなる。
5.民芸は、終わらない旅だ
同じことを、日本の民芸にも感じる。
器を見ていると、どう持つのか、何を盛るのか、どう洗い、どうしまうのかが気になる。その形を選んだ理由を、暮らしの中で想像してしまう。
もちろん、昔のものをすべて美化したいわけではない。「日本人だから丁寧につくる」とも言い切れない。一つひとつの土地や工房、つくり手に、それぞれの事情と工夫がある。
だから面白い。民芸を見るたびに、僕はドキドキ、ワクワクする。自分のこと、他の人のこと、生活のことを考えた跡を見つけるようで、終わらない旅なのだ。ディグりがいがある。
文化人類学の問いを借りるなら、同じ器でも、買ったもの、贈られたもの、受け継いだものでは、なぜ意味が違うのだろう。
僕の解釈では、ものと一緒に、人との関係も受け取っているからだ。値段で交換した後にも、その関係は続く。
ここで「持続性」という言葉が、僕の中で少し具体的になる。
持続性とは、ものが残ることと、その価値を誰かが見つけ直せることだ。
壊れにくさも、手入れできることも大切だ。そのうえで、使いたいと思えること、背景を知る入口があること、次の人へ渡せることも大切にしたい。環境への負荷を比べるには別の検証が必要だけれど、少なくとも僕は、長く付き合いたくなるものを選んでいたい。
6.僕も、次の誰かに渡す側にいる
前に、ディグることは「好き」に時間を使うことだ(外部サイトを新しいタブで開く)と書いた。
好きなものを掘っていくと、見た目だけでは終わらなくなる。素材から工場へ、工場から産業へ、産業から政治や歴史へ。そして、また自分の生活へ戻ってくる。
今回、柿埜さんの考えから受け取った「自分で価値を選ぶ自由」も、その往復の中で、僕なりの問いになった。
自分で選べることは大切だ。では、まだ出会っていない価値を選べるようにするには、何が必要なのだろう。
NACKで文化を記録し、言葉にし、体験の入口をつくりたいのは、そのためでもある。京都にあるものを、京都の今だけで終わらせたくない。
Y4TRでは、僕が出会った音楽や映像、ゲーム、歴史を、自分の解釈で作品にしている。DJとして曲を選び、つないできたこととも地続きだ。受け取ったものが、僕を通って、違う形になる。
残すことにも、つくることにも、お金と時間がかかる。だから商売を考える。続けるための仕組みをつくる。僕にとって、アートとビジネスは、ここでもつながっている。
何が未来に残るかを、僕一人で決めることはできない。でも、次の誰かが出会えるように、今できることはある。
古いガラスに心を動かされた僕も、もう、受け取るだけの側ではないのだと思う。
僕が残したいのは、ものと、その先で誰かの心が動く可能性だ。
だから今日も、気になる器を手に取る。そして、僕も何かをつくる。
