遠近法とは何か:ルネサンスが発明した世界を見る方法

ブルネレスキの実験から始まった線遠近法は、単なる作画技術ではなく「世界の見方」の発明でした。消失点の原理、マザッチョらによる実践、そして遠近法が近代的な視覚をつくっていく過程を解説します。

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遠近法とは何か:ルネサンスが発明した世界を見る方法

画家パオロ・ウッチェロは夜ごと書斎にこもり、消失点をめぐる作図に没頭したといいます。妻が寝室へ呼んでも「ああ、なんと甘美なものか、この遠近法は」とつぶやいて筆を離さなかった——この逸話を一世紀のちに書き留めたのは、美術史家ジョルジョ・ヴァザーリです。一人の画家を眠らせないほど、遠近法は魅惑的で、そして厄介な問題でした。

その厄介さは、遠近法が単なる作図の便法ではなく、世界と人間の関係を組み替える装置だったことに由来します。それ以前の絵画にとって、画面とは物語や聖性を配置する場であって、現実の空間を写す窓ではありませんでした。中世の板絵で人物が大きく描かれるのは、彼が手前にいるからではなく、重要だからです。

金箔を貼った中世の画面では、空間は距離ではなく意味の順序で編成されていました。遠近法が変えたのは、まさにこの原理です。空間を測定可能な均質のひろがりとして捉え直し、そこに生身の一人の観者を据えること——それは絵の作り方であると同時に、世界の眺め方についての宣言でした。

金地の画面では、大きさは「近さ」ではなく「重さ」だった

十三世紀までのヨーロッパ絵画、とりわけイコンや祭壇画は、金地を背景に人物を並べました。金は光であり、天上の非在の空間を意味します。そこに奥行きはない、というより奥行きは主題ではありません。聖母は大きく、寄進者は小さいです。その差は物理的な距離ではなく、聖なる秩序の可視化でした。

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この画面には、見る者の立ち位置が存在しません。どこから眺めても像は等しく正面を向き、鑑賞者は特定の一点に縛られません。中世の画面が相手にしていたのは肉眼ではなく、いわば信仰のまなざしでした。遠近法の革命は、この非人称の視覚を、生身の一人の目に置き換えることから始まります。

その転換は一夜にして起きたわけではありません。すでに十四世紀初頭、ジョットは平板だった人物に重みと体積を与え、画面のなかにわずかな奥行きを暗示していました。パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の壁画では、建物や人物が空間のなかに位置を占めはじめます。数学的な体系はまだありませんが、絵が現実の空間を志向しはじめた——線遠近法は、この胎動の上に築かれることになります。

一点に世界を束ねる——箱の穴と一枚の鏡

十五世紀の初め、フィレンツェの建築家フィリッポ・ブルネレスキは、洗礼堂を描いた小さな板の中央に穴を開けました。鑑賞者は絵の裏から穴をのぞき、もう一方の手で鏡をかざします。鏡に映った絵と、鏡を外したときに見える実際の洗礼堂が寸分たがわず重なる——この仕掛けが証明したのは、絵が現実の視覚を数学的に代行できるという事実でした。

ブルネレスキがこれを一枚の完成画としてではなく、実演として示したことは示唆的です。彼は洗礼堂ともう一つ、フィレンツェの広場を描いた板を用意したと伝えられ、いずれも「絵が現実と一致する」という主張を、その場で誰にでも検証させる装置でした。遠近法はこうして、信じるべき教義としてではなく、目で確かめられる手続きとして世に出ました。

ただし、この一致には条件があります。目は一つ、しかも定められた一点に固定されていなければなりません。遠近法が要求するのは、動かない片目の観者です。床のタイルは奥へゆくほど規則的に縮み、平行線はすべて一点へ収束します。この幾何学的な作図法は、のちに「正しい構成(コストルツィオーネ・レジッティマ)」と呼ばれました。

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この方法を言葉で体系化したのが、レオン・バッティスタ・アルベルティです。一四三五年の論考『絵画論』で、彼は画面を「開かれた窓」と呼び、そこを通して主題が見えるのだと書きました。アルベルティはこの書を、理論の源であるブルネレスキに献げてもいます。職人の直感的な発見が、ここで誰もが学べる規則へと翻訳されました。アルベルティはさらに、格子状の紗を張った枠ごしに対象を写し取る「ヴェーロ(布)」という補助具まで提案しています。注目すべきは、彼が奥行きを測る単位に人体の背丈を用いたことです。世界の寸法は、神ではなく人間を基準に測り直されはじめていました。

聖三位一体——鑑賞者を絵の中に立たせた壁画

遠近法が精神的な重みを獲得した瞬間を見たければ、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂に立てばよいです。マザッチョが一四二〇年代半ばに描いた壁画『聖三位一体』は、平らな壁の上に、奥行きのある礼拝堂がまるごと穿たれているかのように見えます。天井を支える円筒ヴォールトの線をたどると、消失点は鑑賞者の目の高さ、画面の下方に落ちています。

つまりこの絵は、特定の場所に立つ生身の人間のために設計されています。私たちは絵を前から眺めるのではなく、絵の作り出す空間の中に立ちます。壁の下部に描かれた骸骨には「かつて私は今の汝であり、いずれ汝は今の私となる」という主旨の銘があります。数学的につくられた空間が、死と時間という主題を運ぶ器になっています。

半世紀のち、ピエロ・デッラ・フランチェスカは画家でありながら数学者でもありました。彼は遠近法を論じた著作『絵画の遠近法について』を残し、絵を描くことと図形を証明することを地続きの営みとして扱いました。遠近法は、芸術家に数学者の顔を与えたのです。

もっとも、遠近法は線の幾何学だけではありません。同じころレオナルド・ダ・ヴィンチは、遠くのものほど青くかすみ、輪郭がぼやけるという大気の効果に着目し、これを「空気遠近法」として論じました。線で骨格を組む線遠近法と、色と靄で距離を語る空気遠近法です。二つの手法が重なり合って、絵のなかの空間はいっそう深く、いっそう息づくものになりました。

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遠近法は「見る主体」を発明した

遠近法のほんとうの発明品は、消失点ではなく、その反対側にあります。画面のあらゆる線が一点に集まるとき、その線を延ばした先——鑑賞者の目のあった場所にも、もう一つの焦点が生まれます。世界は一人の観者の前に、その人だけのために整然と広がります。近代的な「私」という視点は、この構図の中で像を結びました。

言い換えれば、遠近法は絵のなかに、描かれてはいない一人の人物を呼び込みます。それが鑑賞者=「私」です。世界はもはや万人に等しく開かれた聖なる秩序ではなく、ある一点に立つ特定の誰かにとっての眺めになりました。視点が一つに定まるとは、その視点の持ち主が、世界の中心に据えられるということでもあります。

二十世紀の美術史家エルヴィン・パノフスキーは、この見方を「象徴形式としての遠近法」と論じました。遠近法は中立な写しではなく、無限で均質な空間を前提とする、特定の時代の世界観の表現だというのです。世界を測定可能な対象として一望する構えは、やがて科学や地図や近代の視覚文化と分かちがたく結びついていきます。

代償もありました。この視覚は観者を一点に釘づけにし、片目を閉じさせ、時間を止めます。生きて動く両眼の経験の豊かさを、一枚の窓の秩序に引き換えたのです。遠近法は世界を明晰にしましたが、同時に貧しくもしました。

セザンヌはなぜ「窓」を壊したのか

だからこそ、近代の画家たちはこの窓を疑いはじめました。写真と映画は遠近法の視覚をそのまま機械に受け継がせましたが、ポール・セザンヌは林檎の載った卓を複数の視点から同時に描き、単一の消失点をあえて崩しました。二十世紀初頭のキュビスムは、その解体をさらに推し進めていきます。

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セザンヌにとって、りんごや山は固定した一つの目に映る静止像ではなく、こちらが動き、時間をかけて眺めるうちに絶えず組み替わっていく経験でした。彼はその微妙な揺らぎを画面に留めようとしました。単一の消失点を手放すことは、動かない片目の観者という遠近法の大前提そのものを問い直すことにほかなりません。

彼らが示したのは、遠近法が「真実」ではなく「選択」だったという事実です。世界の見方は一つではありません。五百年前にフィレンツェで発明された窓は、こうして再び開かれた問いへと差し戻されました。

遠近法画を見るための3つの視点

  • 平行線を目で延ばし、それらが集まる消失点を探します。その点の高さが、画家の想定した鑑賞者の目線であり、あなたが立つべき位置です。
  • 床や天井の格子、建築の稜線に注目します。均質な空間の格子こそ、遠近法が世界を「測れるもの」として捉え直した痕跡です。
  • 何が正確に描かれ、何が意図的に歪められているかを見ます。マニエリスムや近代絵画では、規則を破ること自体が表現になります。

遠近法は、世界を見るための一つの文法にすぎません。しかし五百年のあいだ、私たちはその文法をあまりに深く内面化し、それが唯一の見方であるかのように錯覚してきました。一枚の絵の前で消失点を探すとき、私たちはこの発明が選び取ったものと、切り捨てたものの両方に、ようやく気づくことができます。

企画・編集: 田村 祐大

企画・編集

田村 祐大

NACK / 企画・編集

岡山県出身、京都在住、時々東京。京都芸術大学芸術学部卒業。暗号資産・Web3領域のプロダクトデザインに約7年間従事した後、NACKを始動。

アートを入口に、文化・経済・社会・テクノロジーの関係を読み解く「NACK Journal / Times」を企画・編集している。

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