なぜ私は初代フィアット・パンダに乗るのか——生活に置くデザイン
高級さや速さではなく、毎日の道具に宿る考え方を選ぶ。愛車から、自分の選択基準をほどいてみる
田村 祐大 — Designer / NACK Founder
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NACK NOTES #001|いまを読む これは試乗記でも、旧車の購入ガイドでもありません。愛車の初代フィアット・パンダを入口に、私が何を美しいと思い、何を生活に置くのか、その選択基準をほどくための文章です。
私は初代フィアット・パンダに乗っている。
「なぜパンダなのか」という問いは、単に好きな車種を説明するだけでは終わらない。古いイタリア車であること。ジョルジェット・ジウジアーロが手がけたこと。四角い姿であること。どれもパンダを説明する要素ではあるけれど、それだけでは、私が毎日の道具としてこの車を選ぶ理由までは届かない。乗ってるだけで、本当に、楽しいんだ!
パンダを見つめると、自分が服や家具や作品を選ぶとき、あるいはNACKをつくるときに、何を大切にしているのかが露出する。これは車の話であると同時に、私の生活の設計図についての話でもある。
小さな高級車ではなく、別の基準をつくった
初代パンダは1980年に登場した。開発は1970年代半ばに始まり、ジウジアーロと技術パートナーのアルド・マントヴァーニが、限られた重量と製造コストの中で、乗る人と荷物のための空間を最大化する課題に向き合った。
公式資料を読むと、この車が目指したのは「高級車を小さくすること」ではなかったと分かる。必要なものをいったん分解し、実用性、空間、価格、つくりやすさを、別の順序で組み直すことだった。要素分解、そして組み上げる、音楽でいうところのリミックスだ。ギャルソンの解体からの再構築だ。 平面ガラス、簡潔な室内、用途に応じて変えられる後席。仕様は年式によって異なるが、世代全体を貫くのは、少ない条件から使い方の自由を生み出す設計思想だ。
FIATの40周年資料(外部サイトを新しいタブで開く)でジウジアーロは、機能性、プロポーション、数学、実用性、汎用性が統合された仕事としてパンダを振り返っている。デザイナー側の記録(外部サイトを新しいタブで開く)にも、スタイルだけでなく、空間と製造コストを含む広い範囲へ設計者が関与したことが記されている。
私が惹かれるのは、完成した形の格好よさだけではない。なぜこの形になったのかを、使う側が逆算できることだ。 世の中の素晴らしいデザインは、逆算ができる。ディレクターやスポンサーがどんなことを思って作ったのか?良いデザインはそこが点と線で繋がっている。
制約を隠さない形が好きだ
私は大学で建築を学び、その後約7年間、暗号資産・Web3領域でプロダクトデザインに携わってきた。UIも、サービスも、見た目だけでは成立しない。誰が使うのか、何を優先するのか、何を捨てるのか。予算、技術、運用、時間。表に見えない条件の組み方が、最後に画面や体験として現れる。
パンダにも、その順序が見える。丁寧に、ひとつひとつ深く考えられてる。小さいことと、細かいことは違うんだよ。
豪華さを足して価値を説明するのではなく、日常で本当に必要なものから輪郭をつくる。制約を覆い隠すのではなく、制約そのものを形の理由に変える。そこには、装飾としてのミニマルではなく、判断の結果としての簡潔さがある。
私は、何もないものが好きなのではない。考え抜いたあとに、余計なものが残っていない状態が好きなのだと思う。 余白を作ることは、考え抜かれた先にある、意図的なデッドスペースなのだ。
デザインとは、大きさ・面積・フォントサイズ、配置・ポジション、あとは色・フォントだけの勝負だ。簡単なものなのだ。 いつだって、情報を、商売を、分かりやすくお客さんに届ける行為だ。
パンダだけではない。私が生活に置いているもの
その基準は、車だけに向いているわけではない。
私はアンティークを集め、さっきも出たけど、コム デ ギャルソンを着る。新品か古物か、匿名の道具かアーティストやデザイナーのような強い作家性を持つ服かにかかわらず、つくられた理由を感じられるものを選びたい。趣味のストリートスナップでは、用意された正解ではなく、街にすでにある形や人や光の関係を探している。
これらは、見た目の系統が同じだから集まったわけではない。静かな工業製品もあれば、既成の美しさを壊す服もある。新品も古いものもある。
共通しているのは、ブランド名ではなく、つくられた理由が時間の中で消えないことだ。 続く、そう、持続していくのだ。
誰が、何のために、どんな技術でつくったのか。使ううちに表面が変わっても、その中心にある考え方は残るか。所有した瞬間が価値の頂点ではなく、使う時間によって関係が深くなるか。私は、そういう問いを通過したものを生活に置きたい。
初代パンダも、その並びにいる。車の中だとしたら、先頭を走ってるのではないだろうか。必要十分の馬力で非力な小型エンジンだけど。
古いものを選ぶことを、美談だけにはしない
古いものを長く使えば、それだけで正しいわけではない。古い車には整備も部品も燃料も必要で、環境負荷は使用状況によって変わる。「旧車だからサステナブル」と単純には言えない。
長く使うという選択は、安く済ませる方法でも、懐かしさを飾る方法でもない。効率だけでは測れない手間や責任を引き受け、それでも関係を続けるかを選び直すことだと思う。
私は「良いものは、長く使える」と考えている。ただし、本当に大切なのは耐久年数だけではない。手入れしながら使いたいと思えること。使う側が受け身にならず、そのものとの関係を更新できること。その時間まで含めて、良いデザインなのだと思う。
捨てることなんていつだってできる。逃げてしまいたいこともあるだろう、逃げればいい。捨てればいい。
本当に残したいと思うものだけ、残したらいいのだ。それをなんと言い換えよう。
そういうことなのだ。
展示するためではなく、毎日使うためにある
パンダは、眺めるためだけのデザインではない。人と荷物を載せ、日常を移動するための道具だ。
乗ってみて気付くことがたくさんある。
シフト操作はクイックに決まらないし、アクセルを全部踏んでも、全然回らない。 でも、60キロまでの法定速度でこんなに気持ちよくスポーツできる車もない。2人ぐらいなら山道や坂道も楽々だ。
街の流れの中では、バイクや軽自動車にも、ベンツやアウディにも、ちゃんとついていくんだ。 ドヤ顔だよ、結構エンジン回してるけどね、2速のトルクがないときついから40キロまでの道路限定だぞ。
本当に、これだけで車っていいんだって、確認させてくれる。 乗ってて、毎回、にやけてしまう車もそうそう無い。
そして、燃費もいいんだ。 夏はクーラーをかけるから、いつもよりガソリン代は掛かるけど、冬の高速道路なんて最高だ。リッター15キロぐらいで走ってくれる。
ハイブリッドには完全に負けてる。だけど、買い替えずに手入れしながら乗り続けることにも、僕なりの意味はある。そう思っている。
毎日の足として、欠かせないパートナーなんだ。本当に心の底から、そうなんだ。
だからこそ、私はこの車を美術館の収蔵品のように語りたいわけではない。形の完成度を遠くから褒めるのではなく、使うことで設計者の判断に触れたい。小さな車体にどれだけ生活の余白を残せるか。使う人へ、どこまで完成を委ねられるか。その問いを、毎日の距離で確かめたい。
NACKの根にある「アートを日常に」という考えも、作品を特別な場所から運んでくるだけの話ではない。
何を選ぶか。どう使うか。どんな景色の中に身を置くか。生活の小さな判断に、自分が信じる美しさを通すこと。その実践の一つとして、私は初代パンダに乗っている。
なぜ、自分の好みをここまで明らかにするのか
NACK Founderが何を選び、何を美しいと思うのかは、本来、隠して中立を装うものではないと思っている。
編集には必ず視点がある。作品を選ぶことも、文章を書くことも、空間へ置くことも、無色透明ではない。だから私は、パンダ、アンティーク、服、靴、眼鏡、写真まで、自分の選択を明らかにしておきたい。何を基準にNACKを編集しているのか、生活そのものから検証できるようにするためだ。
ただし、同じ車や服を選んでほしいわけではない。私の好みを正解として配ることが目的ではない。
伝えたいのは、日常は与えられた選択肢を受け取るだけでなく、自分の感覚を信じながら組み直せるということだ。私の生活は、その一例にすぎない。
なぜ、私は初代パンダに乗るのか
初代パンダは、速さや高級さで生活を支配する車ではない。限られた条件から、必要な空間と使い方の自由をつくった車だ。形の奥に判断が見え、所有したあとも、使う人との関係によって完成し続ける余白がある。
私は、完成された記号を身につけたいのではなく、考え方と一緒に暮らしたい。
僕は、何者にもなれる。そうさせてくれる。
僕はデザイナーだし、いろんな機材で撮影もするし、キャンプにも行くし、ゴルフだって始めたい。
だから、初代フィアット・パンダに乗っている。
この車を起点に、NACK NOTESでは、生活の中で出会うものをアートとデザインの視点から読み直していく。次は、アルファ ロメオとジウジアーロの三台を通して、デザインを生む「関係」を考えたい。YouTubeを観ていたら、文章を書きたくなったんだよ。
これを読んでいる皆さん。 良かったら、次に生活の中のものを見るときは、「これは何に見えるか」だけでなく、こう問いたい。
私は、どんな考え方と一緒に暮らしたいのか。
その考え、また聞かせてくれたら嬉しいです。
参照した公式資料
本稿はNACK編集部による独立したエッセイであり、FIAT、Stellantis、Italdesign、各権利者の協賛・承認・提携を示すものではありません。
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