デザイナーの僕は、服の何に惹かれているのか。——素材と科学から考える
なぜこの布で、なぜこの形なのか。好きな服から、素材の技術を体験に変える判断をたどる。

NACK notes #011|いまを読む
1|「かっこいい」の先まで、考えてしまう
服を見るとき、僕はデザインのことを考えている。
なぜ、この布を選んだのか。なぜ、この張りが必要なのか。着たときに、どんな姿になって、どんな一日を過ごせるのか。「かっこいい」と思ったあとで、その感覚をつくった判断が気になってしまう。
僕はTEATORAやNEUTRALWORKS.の服が好きだ。仕事に着ていきたいと思える佇まいと、身体の動きへの配慮。その両方があるところに惹かれる。一方で、COMOLIの素材感も、ミナ ペルホネンのテキスタイルも、コム デ ギャルソンの表現も好きだ。
その好みを、自分でももう少し理解したい。
ブランドの理念や工場、産地、手仕事を知ることは面白い。そこからさらに、布そのものへ入っていくとどうだろう。素材メーカーが開発した繊維や、糸の構造、加工の技術。それが、僕の好きな形や着心地をどう支えているのか。
僕が服に見ているのは、素材の可能性を、人が「着たい」と思う形に変える判断だ。
デザイナーとして、その判断をたどってみたい。
2|素材を選ぶところから、デザインは始まっている
最初に気になったのは、東レのような素材メーカーだった。
ユニクロと東レは、ヒートテックなどを共同開発してきた。ユニクロの公式資料には、素材の開発で一万着以上の試作品をつくり、専用ラインで生産しているとある。身近な一枚の奥に、それだけの研究と試作がある。ユニクロ公式資料(外部サイトを新しいタブで開く)
TEATORAには、帝人フロンティアが展開するSOLOTEXを使ったCARTRIDGE TEEがある。NEUTRALWORKS.にも、2020年発表のチェスターフィールドコートで採用例がある。素材をたどると、ブランド名だけでは見えなかったつくり手に出会う。TEATORA公式ストア(外部サイトを新しいタブで開く)/ゴールドウイン発表(外部サイトを新しいタブで開く)
これらは特定商品の採用例で、ブランド全体の素材を示すものではない。
僕がここで考えたいのは、素材を選ぶことの重みだ。
繊維を糸にし、織ったり編んだりして、染め、仕上げる。そこに型紙と縫製が加わる。どこで何を選ぶかによって、服にできることが変わっていく。
柔らかさを生かしたいのか。輪郭をきれいに出したいのか。動いたあとも形を保ちたいのか。素材を決める段階で、着る人に渡す体験の方向も決まり始めている。
僕自身の仕事でも、何をつくるかと、何でつくるかは切り離せない。服を見ると、その関係がとても具体的にわかる。
3|分子の構造が、仕事中の心地よさになる
SOLOTEXを調べると、PTTというポリエステル系の繊維に行き着く。メーカーは、そのらせん状の分子構造が、柔らかさや形態回復性などにつながると説明している。SOLOTEX公式(外部サイトを新しいタブで開く)
触って「柔らかい」と思う。その感覚をたどった先に、分子の形がある。こういう話に、僕はわくわくする。
ただし、その繊維を使えば着心地のいい服が完成する、という話でもない。布の組織や厚み、身体との間に取るゆとりによって、着たときの感覚は変わる。素材の特徴を理解して、どこに、どう使うかを考える必要がある。
NEUTRALWORKS.のシングルジャケット、品番KSU16326は、公式にクラシックなスーツを現代の素材で更新する商品として紹介されている。生地にはポリエステル、毛、レーヨン、ポリウレタンを組み合わせている。商品公式ページ(外部サイトを新しいタブで開く)
僕が気になるのは、何を両立させたくて、その組み合わせにしたのかということだ。仕事の場に合う見た目。身体の動かしやすさ。肌に触れた感触。どれをどの程度求めるかで、設計は変わる。
京都と東京を行き来して仕事をする僕にとって、服を着た身体が一日をどう過ごせるかは大事だ。
素材の性能が、自分の生活の中で意味を持つ。その間をつなぐのが、デザインなのだと思う。
4|宇宙の技術を、地上で着る理由
宇宙用の技術を使った服を見た記憶もあった。調べて見つかった例が、MOONRAKERSの「MOON-TECH 4D」だ。
2023年の販売元発表によると、JAXAと東レがISSに滞在する宇宙飛行士の被服向けに共同開発した消臭・防汚機能を取り入れている。身体の動きを考慮した、船内活動着にも採用されたという縫製パターンも使われている。販売元の発表(外部サイトを新しいタブで開く)
記憶にあるスーツそのものかはわからない。ただ、船内で過ごすための被服技術が、日常着につながる例はあった。ここでいう被服は、船外で身体を守る気密性のある宇宙服とは区別される。
「宇宙の技術」と聞くだけで、ちょっと着てみたくなる。でも、デザイナーとして気になるのは、その技術が地上のどんな場面で役立つのかだ。
汗や臭い、汚れ、動きにくさ。特殊な環境で向き合った課題の中には、毎日の暮らしと重なるものがある。使う場所を変え、その場所に合う服へ設計することで、技術の届け先が広がる。
ビジネスでも、開発された技術を誰に届けるかで、商品の意味は変わる。移動の多い人なのか、手入れに時間をかけにくい人なのか。相手の生活まで想像すると、機能を備える理由がはっきりしてくる。
5|COMOLIの風合いと、ミナの刺繍もつながっている
こうして機能の話をしていても、僕はCOMOLIの素材感や、ミナ ペルホネンの布にも強く惹かれる。
COMOLIで好きなのは、布の表情と、身体の周りにできる余白だと思う。薄さ、張り、柔らかさが、服の形と合わさって生まれる雰囲気。その感じを見ている時間も楽しい。
ミナ ペルホネンの「tambourine」は、公式の説明によると、手描きの図案をもとに刺繍を重ね、粒の形が不均一でふっくらした円をつくっている。テキスタイル公式解説(外部サイトを新しいタブで開く)
ここからは僕なりの見方だけれど、平面に描いた円と、糸の厚みを持つ円では、受け取る印象が違う。糸の選び方や密度、重なり方が、陰影や布の存在感にまで関わってくる。
どのくらい膨らませるか。どのくらい揃えずに残すか。そこには、実現したい表情に向けた判断がある。
機能素材の回復性も、刺繍のふくらみも、素材の性質を使って何を生み出すかという点で、僕の中ではつながっている。動きやすくする工夫にも、ずっと眺めたくなる表情をつくる工夫にも惹かれる。
科学技術や製造の工夫を知るほど、自分が感じた美しさを、もう少し具体的な言葉で考えられるようになる。
6|服を選びながら、自分のデザインを考えている
服を素材からたどると、一枚の中にいくつもの判断が見えてくる。
研究する人、糸をつくる人、布を織り、染め、仕上げる人。それを選び、形にする人。それぞれの仕事が、最後には「この服、いいな」という感覚で届いている。
僕がデザイナーとして惹かれるのは、この届き方だ。
着る人は、分子構造を知らなくても心地よさを感じられる。刺繍の工程を知らなくても、その表情を好きになれる。つくり手の専門的な判断が、使う人にとって自然に受け取れる形になっている。
自分の仕事でも、そこまで考えたい。技術や表現を選ぶとき、それが相手の何を変えるのか。過ごしやすさなのか、気分なのか、行動なのか。選んだものが体験になるところまで、責任を持ちたい。
僕にとって服は、技術と美意識が、誰かの日常に届くまでを学べるデザインだ。
次に服を見るときも、最初はきっと「かっこいい」から始まる。そのあとで、なぜこの布で、なぜこの形なのかを考える。
好きな服を知ろうとすると、自分がどんなデザインをしたいのかも、少しずつ見えてくる。
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