未来を思い出せ。——REMEMBER THE FUTURE
「こうなっちゃった自分」への責任が、めんどくさい僕を動かす。
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NACK notes #009|いまを読む
未来は、まだ起きていない。だから本来、思い出すことはできない。
それでも僕は、ときどき自分に言いたくなる。
REMEMBER THE FUTURE.——未来を思い出せ。
まだ存在しない未来を、すでに経験した記憶のように鮮明に置き、そこから今日の自分を見直す。僕は、この言葉をそんな意味で使っている。
やりたいことはある。でも、めんどくさい。大人になった今も諦めたくないのに、今日くらいは休みたいとも思う。
その両方がある僕を、どうやって本当に望む未来へ連れていくのか。これは、そのことを考えた話だ。
1|未来を思い出せ
大人になった今だから、自分に言えることがある。
お前は、何をつくるはずだった。ここで諦めてしまうのか。そんな人生でいいのか。そもそも、お前には未来なんてあったのか。
少し乱暴だけれど、僕の中では切実な問いだ。自分が本当に望む未来を、ちゃんと思い描いていたのか。日々の仕事をこなすうちに、その問い自体を忘れていなかったか。
子どもの頃から、将来の職業が一つに決まっていたわけではない。音楽が好きだった。ゲームが好きだった。映像や建築、服、アートに惹かれた。別々に見えていたものが、大人になった今、デザインという仕事や、自分の作品の中でつながり始めている。
大人になることは、夢を小さくすることだと思っていた時期もあった。でも実際には、あの頃には持っていなかった技術、経験、判断力、仲間、道具を、今の僕は持っている。
昔好きだったものに、ここまでの経験が重なって、今つくりたいものがある。その形は、子どもの頃には想像できなかったかもしれない。
僕は、自分の音楽や映像やゲームが、国や言葉を越えて届いてほしい。自分の仕事が広く知られてほしい。その未来を、本気で実現したいと思っている。
未来を思い出す資格があるとすれば、むしろ大人になった今なのかもしれない。
2|めんどくさい自分も、その時の自然体
一方で、毎日自分を追い立てたいわけではない。
横尾忠則さんがFacebookに、「歩くのも面倒臭い。だから歩かない」と書いていた。運動不足であることも含めて、年齢とともに生じるハンディを「その時の自然体」として受け止める。その姿勢が心に残った。
僕にも、めんどくさい日はある。朝はもう一度眠りたいし、後回しにしたい仕事もある。筋トレをしたくない日だって、もちろんある。
そんな自分を否定しても、たぶん長くは続かない。めんどくさがる自分も、頑張る自分も、どちらも本当の自分で、同居している。
遠くまで行きたいと思い、自分を奮い立たせることも、僕にとっては自然体だ。めんどくさいからといって、つくりたいものまでなくなるわけではない。
まず、そんな自分もいると認める。愛して、可愛がってあげる。そのうえで、本当に進めたいものがあるなら、自分が動ける理由と条件を探せばいい。
では、僕は何を理由に動くのか。めんどくさい自分と、遠くまで行きたい自分は、どうすれば一緒に進めるのか。
そこを考えるきっかけになった言葉がある。
3|「こうなっちゃった自分」から今日を見る
レディクルの田中翔理がホストを務める番組「MY FIRST CUSTOMER」で、セレブリックスの今井晶也さんから、「こうなっちゃった自分」をイメージするという考え方を教わった。
ここから先は、その言葉を受け取った僕なりの解釈になる。
自分の仕事が広く知られている。作ったものが誰かの生活に入り、音楽や映像やゲームが、国や言葉を越えて届いている。その状態を、遠くの願望として眺めるのではなく、すでにそうなった自分の記憶として先に置いてみる。
すると、その自分は今日、何をしているだろう。
どんな仕事を引き受けるのか。何を断るのか。誰と会うのか。何を学ぶのか。完成していないものを、どこまで形にして世に出すのか。
例えば、世界の誰かに音楽が届いている未来なら、その途中には、曲を完成させ、公開して、知ってもらう機会をつくる過程がある。そう考えると、作品を紹介する文章を書くことにも、その未来へ向かう意味が生まれる。
目の前の作業を、目の前だけで終わらせずに、自分が望む未来につなぐ。僕にとって「未来を思い出す」は、今日やることの意味を、自分で見つけ直すことでもある。
そこで、もう一つの問いが生まれた。
今日の僕は、「こうなっちゃった自分」に、どれだけ迷惑をかけるのか。
4|目標が責任に変わるとき
少し怖い言い方に見えるかもしれない。でも僕には、この問いがしっくりくる。
世界に届くものをつくりたいと言っているのは、僕自身だ。その未来を思い描くと、そこにいる自分のことも、他人事には思えなくなる。
その自分にも、つくりたいものがある。届けたい相手がいる。その自分が実現するはずのことを、今日の僕の都合だけで遠ざけていいのか。
せっかくここまで、好きなものを追いかけてきた。その先を、自分でも見てみたい。だから、未来の自分に対しても、ちゃんと向き合いたいと思う。
片づけなかったデータ。伝えなかった意図。曖昧にした約束。先送りした判断。今日の小さな放置は、未来の自分が支払う手間や信用の損失になる。そして、つくりたいものを形にするための時間や機会にも関わってくる。
「筋トレをする」「5キロ痩せる」という目標も、単体で見れば自分だけの話に見える。達成できなくても、すぐに誰かが困るわけではない。だから、今日くらいやめてもいいと思いやすい。
しかし、「スポーツで結果を出すために身体をつくる」「健康で長く働き、約束した仕事を届け続ける」と意味をつなぐと、同じ行動が違って見える。チーム、応援してくれる人、家族、顧客、そして未来の自分が、その行動の先に現れる。
責任は、行動の先にいる人が見えた瞬間に生まれる。
少なくとも僕は、そう考えると動く理由が見つかる。自分が望んだ未来にも、そこで関わる人たちにも、今日の自分の選択がつながっている。
「いつかそうなれたらいいな」と眺めていた自分が、急に身近になる。その自分との約束なら、守りたい。だから、今やっておきたいと思える。
もちろん、無理をして身体を壊すことも、未来の自分に大きな負担を残す。今の身体を守るために休むなら、それも未来への責任になる。
責任とは、何でも今日中に終わらせることではない。自分の選択の先で、誰がその結果を引き受けるのかを見ることだと思う。未来の自分も、その一人だ。
5|自分が動ける動機をつくる
僕は、自分が動ける動機を探すのが得意なのだと思う。
目の前の行動を、自分が大事にしていることにつなぐ。意味が見えたら、最初の一歩を小さくする。進捗を見えるようにする。そうやって、めんどくさい自分でも動ける条件を考える。
ここで小さくするのは、取りかかる作業の大きさだ。世界に届けたいという目標は、そのまま持っていていい。
例えば、一曲を仕上げることが重ければ、今日は気になっている一か所に手を入れる。作業を終えるときに次にやることを書いておけば、再開しやすくなる。大きな未来へ向けて、今の自分が手を動かせる形にする。
デザインやビジネスでも、人が動けないときには、その理由を考える。意味が伝わっていないのか。手順が多すぎるのか。何から始めればいいか分からないのか。「めんどくさい」の中身をほどくと、変えられるところが見えてくる。
自分にも、その目を向けたい。僕はやりたいことがあるのだから、動けない自分を嫌いになる前に、動ける方法を考えたい。
行動デザインの一つであるFogg Behavior Modelでは、行動には動機、実行のしやすさ、きっかけが同時に必要だと整理されている。理由を見つけ、始めやすくし、目に見える合図を置く。僕が考えていることにも、重なるところがある。
未来を思い描くことが、自分にとっての理由になる。疲れているなら休むし、作業が大きすぎるなら区切る。そうやって、めんどくさい自分が動ける形を探していく。
ちなみに、僕のご褒美はだいたいドーナツとスタバです。笑
安上がりですが、結構頑張れる。
未来への責任も、ご褒美のドーナツも、僕を動かしてくれる。そんな自分も愛して、可愛がりながら、やりたいことを実現していきたい。
6|どんな自分になって、その未来へ行くのか
ここまで考えると、未来の自分に対して、もう一つ確かめたいことがある。
自分の仕事が世界に届いたとき、僕はどんな自分でそこにいたいのか。
作ったものが評価されたら、きっと嬉しい。そこに至るまでの自分の仕事にも、誇りを持っていたい。一緒につくる人や、受け取ってくれる人に、どう向き合ってきたのか。そのことも、僕が思い描く未来の中にある。
PMBOK®ガイドを発行するPMIは、倫理・職務規定を支える価値として、Honesty、Responsibility、Respect、Fairnessを掲げている。日本語にすれば、誠実・責任・尊重・公正である。
僕はこの四つが、痛快なくらい好きだ。
引き受けた結果から逃げない。相手や専門性を尊重する。立場によって判断の基準を変えない。できないことや失敗をごまかさない。
こういう姿勢で仕事をしたい、と素直に思える。大きなものをつくりたいという気持ちと、この四つを大切にしたいという気持ちは、僕の中ではつながっている。
振り返ると、僕がデザインやビジネスの現場で体現してきたものも、この四つだったと思う。僕にとっては、迷ったときに仕事を判断するための基準である。
自分の作品や仕事が広く届いている未来には、一緒につくる人や、受け取ってくれる人がいる。その人たちに対してどう振る舞うかも、「こうなっちゃった自分」の姿に含まれる。
成果を出したい。その過程でも、自分が大切にしている価値を体現していたい。だから、未来への責任は、今日どれだけ進めたかだけでなく、今日どう判断したかにも関わってくる。
プロジェクトには、期限や予算や成果物がある。しかし、その中心にいるのは人だ。未来の自分を一人の関係者として置いた瞬間、ぼんやりした未来は、自分が責任を持つプロジェクトへ変わる。
それでも、めんどくさい日はなくならない。ドーナツとスタバで頑張れる自分も、きっといる。
その自分を愛して、可愛がりながら、世界に届くものをつくりたい。ここまで好きなものを追いかけてきた僕が、これから何をつくれるのか。僕自身が、その未来を見てみたい。
冒頭で自分に向けた「そんな人生でいいのか」という問いには、その気持ちがある。まだやりたい。本当に実現したい。だから、未来を思い出す。
未来を思い出すとは、「こうなっちゃった自分」の記憶を先につくり、その自分と交わした約束を、今日の選択にしていくことなのだと思う。
未来を思い出せ。そこにいる自分へ、今日の僕は何を渡すのか。
関連リンク・参考
- #デザイン
