専門が変わっても、僕のキャリアはゼロにならない。
デザインを通じて磨いていた、次の仕事にも持っていける力。

1.僕は、デザインだけをしてきたんだろうか
僕はデザイナーだ。でも、自分が仕事でやってきたことを振り返ると、きれいなものを作ることだけでは説明がつかない。
相手の話を聞く。何が問題なのかを探す。そもそも解くべき問題なのかを考える。優先順位を決めて、関係する人に説明する。意見が違えば調整する。そして、ちゃんと形にして届ける。
もちろん、文字や色、余白、画面の設計を考える時間もある。でも、その手前と、その後にも仕事がある。
以前、営業や広報、マーケティング、デザイナーのような役割が、全部自分の中にあると書いた。その感覚をキャリアという観点から整理すると、たどり着く言葉がある。ポータブルスキルだ。
僕がデザインを通じて磨いていたのは、デザイナーという職種の中だけで使える力ではなかったのかもしれない。これは、僕のキャリアの根幹にかなり近い。
2.専門が変わっても、持っていける力
厚生労働省は、ポータブルスキルを、職種の専門性とは別に、業種や職種が変わっても持ち運べる、仕事を遂行するためのスキルとして説明している。同省の「ポータブルスキル見える化ツール」で使われる枠組みは、人材サービス産業協議会(JHR)が開発したものだ。
整理されているのは、次の9要素。
仕事のし方
現状の把握/課題の設定/計画の立案/課題の遂行/状況への対応
人との関わり方
社内対応/社外対応/上司対応/部下マネジメント
見た瞬間、これは普段の仕事そのものだと思った。特別な資格の名前ではない。何を確かめ、どこから着手して、誰と話し、どう進めるか。職種が違っても必要になる力が言葉になっている。厚生労働省「ポータブルスキル見える化ツール」(外部サイトを新しいタブで開く)
たとえば、ロジカルシンキングやラテラルシンキング。物事を抽象化して共通する構造を見つける力。こうしたものは、公式の9要素にその名前で並んでいるわけではない。でも僕は、現状を把握したり、課題を設定したりするために使う、具体的な思考の道具として捉えている。
抽象化できれば、違う業界で起きている問題にも、見覚えのある構造を見つけられる。そこで初めて、経験をそのまま繰り返す以外の使い方ができる。
3.僕はキャリアを、三つの層で考えている
ここからは、僕なりの整理だ。
一番下に、マインド・スタンス。
その上に、ポータブルスキル。
そして、テクニカルスキル。
この三層は、厚労省の9要素をそのまま図にしたものではない。僕が自分の働き方を理解するための見取り図だ。
マインド・スタンスは、仕事や人にどう向き合うか。分からないことを分からないと言う。相手の話を聞く。約束を守る。難しくなったら、間に合わなくなる前に伝える。自分の担当だからと抱え込まず、必要な助けを求めることも含まれる。
ポータブルスキルは、その姿勢を仕事として実行する力。問題を整理し、計画を立て、人と調整して、進めていく。
テクニカルスキルは、それぞれの専門領域で形にするための知識や技術。僕なら、視覚表現、UIの設計、制作ツールの操作などがここに入る。
ただし、デザイナーという仕事全体が一番上の層に収まるわけではない。デザインの仕事には、三つの層が全部ある。
どれか一つがあれば十分、という話でもない。誠実でも技術が足りなければ作れないし、技術があっても相手の課題を取り違えれば届かない。僕は、この三つを行き来しながら仕事をしているんだと思う。
4.ボタンを直す前に、何を考えているか
たとえば、「Webサイトからの問い合わせを増やしたい」と相談されたとする。
いきなりボタンの色を変える前に、確かめたいことがある。そもそも人が来ているのか。誰が見ているのか。サービスの価値は伝わっているのか。料金が分からなくて不安なのか。フォームの入力が面倒なのか。
同じ「問い合わせが少ない」でも、理由が違えば、やることは変わる。
そこで情報を集めて、仮説を立てる。必要なら営業の人にも話を聞く。問い合わせ数だけを増やせばいいのか、受注につながる相談を増やしたいのか、目標から確認する。限られた時間でどこを変えるかを決め、実施して、結果を見る。
この一連の動きの中に、現状の把握、課題の設定、計画の立案、人との調整が入っている。その上で、言葉や画面や導線を具体的に設計する。
デザインをしているつもりで、僕はずっと、仕事を前に進める力も磨いていた。
しかも、その力は画面の中だけに閉じていない。伝わらない理由を探すことは営業資料にも使える。相手の不安を整理することは、新しいサービスの企画にも使える。作るものが違っても、問いを立てるところから始められる。
僕にとってデザインは、「商売を分かりやすくお客さんに届けること」だ。そのためには、見た目を整える技術だけでなく、商売を理解し、人を理解する力が必要になる。
5.学び直しは、積み上げたものを捨てることじゃない
もし、今の専門領域の市場が縮小したら。使っていた道具が変わったら。別の仕事に挑戦するとしたら。
新しい技術を覚える必要はある。でも、これまでの経験が全部なくなるわけではない。
相手の話から課題を見つけた経験。曖昧な依頼を、動ける計画に変えた経験。意見の違う人と、着地点を探した経験。それは次の場所にも持っていける。
僕はデザインだけでなく、音楽や映像にも関わってきた。扱うものは違う。それでも、何を届けたいのかを考え、必要なものを調べ、形にしていく姿勢には、自分の中でつながりがある。
ただ、持ち運べる力があるからといって、知らない分野でもすぐ一人前になれるわけではない。その業界の事情も、技術も、守るべき条件も学ぶ必要がある。以前うまくいった方法が、次の場所でも正解とは限らない。
だから僕にとって学び直しは、専門技術をただ交換することではない。持っていける経験を見極めて、足りない知識を足し、新しい環境に合わせて使い直すことだ。
「未経験」と「何も積み上げていない」は、同じではない。その違いを、自分でもちゃんと理解しておきたい。
6.作品の隣に、判断の過程を残しておく
これからのキャリアを考えるとき、僕は「何のツールが使えるか」だけで自分を説明したくない。
何を作ったか。その隣に、何を考えて作ったかを残しておきたい。
どんな問題があったのか。何を根拠に課題を決めたのか。誰とどう調整したのか。なぜ、その方法を選んだのか。結果はどうだったのか。そして、次なら何を変えるのか。
完成物だけでは見えないけれど、そこに自分の仕事の力がある。うまくいかなかった仕事も、判断を振り返れば次の経験になる。
ポータブルスキルは、特別な誰かだけが持っているものではないと思う。普段の仕事の中で使っているのに、まだ自分の言葉で説明できていない力もあるはずだ。
僕も、それを少しずつ言葉にしている。こうして書くこと自体が、自分のキャリアを見つめ直す作業になっている。
専門性は、これからも磨く。新しいことも覚える。そのたびに、これまでの自分をゼロに戻す必要はない。
専門が変わっても、積み重ねた仕事の進め方は、次の場所へ持っていける。
僕がキャリアで大事にしているのは、たぶん、そういうことだ。
